『企画』04 「一枚絵で書いてみm@ster」 『二律背反のサクリファイス』あとがき

書いてみm@ster

参加作品 『二律背反のサクリファイス』 のあとがきです。

 


 



元々、お話を分岐させて「読者側の選択」で変化するお話は、いつか書いてみたいな、と意識していました。
ただそれは、同じ設定、同じ時間軸の中でいかにストーリーを変化させるか、というイメージでした。

例えば、うっかり千早の携帯を覗いてしまった真が、正論を積み重ねるタイプの非難を受けたとして、

【A】「ゴメン、千早。悪かったよ。この通りだから」と言って、顔の前で手を合わせる。
【B】「言い過ぎだよ、千早。見られて困るなら、そっちも場所を選びなよ!」と、腰に手を当てる。

という2択だとします。この場合、選択前・後の千早も真も、同一人物、同一設定の連続性があります。


今回の『二律背反のサクリファイス』の場合、それとは異なっています。
【A】【B】【C】の各ルートに共通背景は無く、キャラクターも時間軸も不連続です。

今回の「一枚絵で書いてみm@ster」の場合、最初からお題の絵が提示されていましたので、
挑戦の方向性としては、いかに差のある展開にするか、物語にするか、雰囲気にするか、という事で、
冒頭の文章を共有しつつ、なるべく別物になるよう、意識してみました。

漠然とストーリーのイメージ、展開、出来事を思い浮かべ、
それぞれを「明るい / 暗い」と「コメディ / シリアス」の2軸・4域にぶち込んでいきます。
その中からつながりそうなもの同士を繋ぎ、或いは域間でトレードし、
なるべく差・変化のある4つのお話を考えました。

 

コメディ

シリアス

明るい

 【A】ルート

【B】ルート

暗い

 

 【C】ルート



各ルートの配置としては、こんな感じです。
空欄になっている「暗い / コメディ」は幻の【D】ルートで、2月末が誕生日のプロデューサーに、
さぁ何をプレゼントしよう、と2人で相談するのですが、実は……みたいなお話でした。企画としては。
結果的に、あまり満足の行く仕上がりにならなかったので幻のまま、さようなら。

かくして、3つのルートが出来上がった訳です。
以下、各ルートについてこまごまと書いていきます。

たまには記事の開閉機能を使ってみましょう。

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更新履歴。

サイト『 Under Kover Loverz 』更新。


リンク先追加。
イベント参加追加。

あと、ちょっと前にSSページいじってました。
SSまとめ、ブログ内作品群とリンク。




現時点で過去作を振り返ると、『メビウス・ループ』がお気に入り。
百合って書いた事ないからなぁ、とは言いつつ、
別に抵抗がある訳でもないので、色々真剣に書いておりました。
ちまちま描いていた千早さんも、一応形になり、掲載。

chair-colors.jpg

イラストレータのパスで描く、という自分の経験にない事をしていて、不思議な絵。
この手法自体のスタート地点は、『Club Nights』の企画ポスターでした。

『Club Nights』はスタートから異色尽くめだったので、実に貴重な経験。
途中のリアルタイムSSは、1時間SSよりもさらに過酷で、
『19:00』に公開された動画を見て(聴いて)、それをお題にイメージを膨らませ、
本文書いて、次の『20:00』が公開されるまでにUP、というスタイルでした。
それを都合3回。うん、楽しかった。
他の方と一緒にチャットしながらじっくり楽しむのも魅力的でしたが、それはそれで。

また、事前・事後のSSでは他の方と世界観を共有したり、
他の方のレビュータイトルを文中に仕込んだり。そういう交流の面白さが本当に良かったです。
『THE iDOLM@STER ClubNights 19:00』、1万再生、1,000マイリスが目前です。


で、今は『一枚絵で書いてみm@ster』に参加中。
こちらも大勢の方が参加して、色々な作品が上がっているのでとても楽しいです。
自作は、以下の2作品。

『シンキングタイム』 『一時間SS』。短い。ズレ千早。良き理解者・真。
『二律背反のサクリファイス』 ストーリー分岐。全3ルート。バラバラ過ぎ?

この辺のあとがきも、そのうち書く予定ですが、
その前に出来るだけ多くの人に意見を聞いてみたい所。
あるいは、他の方の作品についても、色々と語ったり、お伺いしたりという機会を切望。

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『企画』04 「一枚絵で書いてみm@ster」 『二律背反のサクリファイス』

AmSa.png





事務所。2月。午後3時。
スケジュールの確認と打ち合わせが終わって、ぽっかりと空いた時間。
壁際で大きく伸びをする真とは対照的に、他のアイドル達はソファやチェアに腰掛けている。

事務処理をしながら、「ぜんぜん減らない」と呟く小鳥。
それを聞きつけ、「テンチョー」と、立ち上がる真美。
「ほーんばん当日ッ! あたふったァしまくり!」とノリノリの亜美。
調子に乗って踊りだす2人を見ながら、「ステップが違う」とツッコむ律子。
何もかもが、いつも通りの事務所に見えていた。

「あれ? 千早は今、何やってるの?」
 真は千早の携帯を覗き込む。
 そこに写っていたものは――


【A】 メールの「新規作成」画面だった。

【B】 「差出人:如月千早」と表示されたメールの受信通知だった。
 

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『二律背反のサクリファイス』 Cルート

『二律背反のサクリファイス』Aルートより



【C】 <あずささんは除外できるわね>

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 事務所にいるみんなは、気が付いていない。
 それは、千早の普段のキャラクターであったり、演技だったり、ボクのフォローのせいだけど。
 千早も、上手く平静を装って、どうにかなりそうな精神を必死で押さえ付けているのだけれど。


 如月千早は、声を失った。


 話すことも、歌うこともできない。
 突然だった――らしい。

 最初はボクも、分からなかった。
 ちょっと機嫌が悪いのかな、とか、そんな風に思っていた。
 だから、いつもみたいに言っちゃったんだ。

 ―― 千早、言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!

 そんな風に、直接聞いちゃうのがボクの悪いクセだ。
 でも、だから千早は、諦めてくれたんだと思う。
 ボクの目の前でひどく呆れた様に苦笑して、携帯を取り出し、ボクに伝えた。

<声が、出ないのよ>

 原因も、一緒に教えてくれた。
 ヤケッぱち、という訳ではないだろうけれど、千早は暗い眼をしていた。
 その暗い感情が向けられた先は、いったいどこなんだろう。
 その程度で声を失う、千早自身の弱さに?
 千早の気持ちを知っていながらこんなスキを見せた、プロデューサーのいい加減さに?
 それとも、背中しか見えない、この写真の中の女の子に対して?


 千早の携帯の中、夜の駐車場が写っていた。
 広い駐車場を、遠くから写した真っ暗な写真。
 その、ほぼ中央に寄り添う2つの人影があった。
 プロデューサーと、その左腕にしがみつく女の子の後ろ姿だった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「紫は要らないの?」
 真の声。

<あずささんと仮定するには、身長差がありすぎるわ>

 千早の指が、リズム良く携帯のキーを押す。

<春香か律子なら、きっとこの写真くらいの差よ>

「ああ、確かにこの形なら分かるよ」
 真は無意識のうちに律子の方を見た。そして、しっかりと目が合った。
「何? 真。どうしたの?」
 律子が、ディスプレイ越しに話しかけてくる。
「あ、いやぁ――」
 真が口篭った瞬間、千早の指は一度メール作成画面を閉じ、着信音を鳴らした。
 ファイヤー、アイスストーム、とかわいらしい電子音声が響く。
「律子も上手そうだよね。ぷよぷよとか、テトリスとか」
「それなりよ。それなり」
 まんざらでもない表情で、律子が言った。

「緑か赤か、ボクには分からないなぁ」
 千早はまた、あの写真を見ている。
 事務所へ戻る途中、偶然見つけたプロデューサーの姿。そして、その隣の――。
 どうすればいいのか分からず、ふらふらと後を追った。
 そして、最後に1枚だけ、写真を撮ったらしい。
「何かヒントがあればなぁ」
 女の子の正体は、全く、分からない。
 髪は全てまとめてキャスケット帽の中。
 黒っぽいコートは、夜の闇にまぎれて、何の手がかりも与えてくれない。

 その晩から、千早は声を失った。
 そして、それ以来、千早は黒い服を着る。
 まるで喪服だ。何を弔うのか、分からないけど。

 それでは目立ちすぎるから、ボクも合わせて、黒い服を着る。
 何かを弔うつもりは、さらさら無いけれど……


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「あら春香。早いじゃない。どうしたの?」
 律子の声。とっさに振り向いた真は絶句した。
「あ――」
 千早の視線は大きく口を開けたままの真を、そして今、事務所に来た春香を追った。
 春香は、黒いコートを着ていた。

 春香は、最近買ったと自慢しながら、その黒いコートを脱ぎ、そして笑った。
「少し早く来たら、何かイイ事あるかな、と思ったんですけど」
 春香はそのコートをハンガーに掛ける。
「あ、おはよう! 真。千早ちゃん」
 一点の曇りも無い、アイドルの笑顔だ。
「おはよう、春香! そのコート、カッコいいね。どこで買ったの?」
 真は春香に歩み寄りながら、右手を差し出した。
「いいでしょ? この前撮影で六本木に行った時に見つけたの!」
「へー。色は黒いのに、全然重く見えないデザインだね」
 真はそれを肩に羽織って、くるりと一回りして見せた。
 千早の目が、真とディスプレイの写真を往復する。
 1cmしか身長の違わない2人だ。背中から見た印象はほとんど同じだった。
「やっぱり、一緒に手袋とかマフラーとかコーディネートして買うの?」
「うーん、合わせたのは手袋やマフラーじゃなくて、帽子なのですっ」
 ジャジャーン! と言ってバッグから帽子を取り出す春香。
 昭和のマンガか! と春香の効果音にツッコむ律子をスルーして、
「どう? どう? 似合うかな?」
 と、真がその帽子を被って見せる。
 それは、チョコレートブラウンの、少し大きなキャスケット帽だった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 春香が、プロデューサーと?

 時間は、夜の9時頃だった。
 春香の終電(正確に言えば最寄り駅からの終バス)に乗るには、ギリギリの時間なはずだ。 
 乗れない。いえ、むしろ、乗らないという選択の結果――?

 右手が、自然に喉を押さえる。苦しい。気道が急に狭くなったような、そんな錯覚。

「あれ? 千早ちゃん、どうしたの?」
 春香の声。いつもと変わらない春香の声。
 視線を上げると、目の前に春香が立っていた。
「千早ちゃん、事情はよく知らないけど、あんまり深刻な顔をしちゃダメだよ」
 春香がまっすぐ私の目を見ながら、喉を押さえていた私の右手を引き剥がす。
 そして、その右手を、自分の両手で包み込んだ。
「男の人が隣にいて欲しいと思うのは、笑顔の女の子だよ」
 そう言って、春香は最高の笑顔を、私に向けた――。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「気が付いた?」
 真は、目を醒ました千早に声を掛ける。
 765プロの事務所奥にある仮眠室。2部屋ある内の一室だった。
 千早は慌ててポケットを探り、次に枕元を探す。
「これね」
 真が、サイドボードの上から千早の携帯を取り、手渡した。
 千早は体を起こしながら、会話の為の準備をする。

<春香は?>

「みんなと談笑中。突然倒れた千早の事心配してたけど、大丈夫だからって伝えといた」

<呼んで。2人きりで話がしたいの>

「無理だよ。そもそも話せないじゃないか。やめときなよ」

<いいから。これでやり取りするわ>

「やめときなよ。絶対良い結果になんてならないよ」

<おねがいします。菊地さん>

 はぁ――と、真が深いため息をついた。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 ドアを開けるなり、春香は千早の隣に座った。
「聞いたよ、千早ちゃん。声、出ないんだって?」
 千早は一度頷くと、携帯に文字を入力し始め――ようとした。
 しかし、次の瞬間には、春香がそれを取り上げていた。
「大丈夫だよ。千早ちゃん」
 春香はそっと携帯を閉じ、千早の右手に握らせる。春香の手が、熱い。
「千早ちゃんの目を見れば、言いたい事、分かるよ」
 そっと体を寄せ、息がかかるくらい近くで、春香が囁いた。
「どうして? どうして春香が、プロデューサーさんを――でしょう?」
 千早の口調を真似て、春香が問う。その顔は、ずっと笑顔のままだった。
「春香、頼むから、千早を傷付けないで――だって」
 真の声。真剣な。泣きそうな。そして、怒りを抑え込んだ、精一杯の声。
「いいじゃない」
 春香は、仮眠室の入り口を見ながら呟いた。
「千早ちゃんは、なんでも持ってるんだもの」

 千早の表情が、凍りついた――。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 春香は何を言っているの?
 私が、何を持っているというの?
 春香には、何でも教えた。何でも相談した。
 弟の事。両親の事。全部、知ってるのに。知ってるはずなのに。

 あなたには、優しい両親と暖かい家庭があるのに。
 あなたには、ファンを惹き付けるだけの笑顔と愛嬌があるのに。
 あなたには、アイドルとして生きる誇りと覚悟があるのに。

 わたしには、プロデューサーと、歌しかないのに。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「千早ちゃんには全部あるんだよ」
 春香が笑った。あの笑顔だ。毒も嫌味もない、アイドルの笑顔。

 千早ちゃんには、聞く人を黙らせるくらいの歌声があるじゃない?
 千早ちゃんには、リズム感があるから、なんだかんだでダンスも上手いじゃない?
 千早ちゃんには、心底心配してくれるパートナーがいるじゃない?
 千早ちゃんには、アイドルを卒業した先の夢だって、あるじゃない?

 わたしには、何もないんだよ。

 わたしには、ただトップアイドルになりたいって夢があっただけなのに。

 わたしには、もう、何もないんだよ。


「おととい、私、『TOP×TOP』を受けたの。……2位だった」


 『TOP×TOP』は合格枠1つの難関オーディションの中でも、特異なオーディションだ。
 参加条件は、オーディション無敗。
 必然的に、挑戦できるのは、ただ1回きりとなる。

「審査員長の歌田さん、私の歌を聞いた後で、何て言ったと思う?」
 春香は、笑っていた。必死で、笑っていた。

「同じ事務所なのにねぇ――だって」

 ねぇ、私、誰と比べられたんだと思う?


「千早ちゃん達は、『TOP×TOP』、先月合格してたよね。オンエア、見てたよ」
 春香が、ため息をついて笑顔を終えた。
「千早ちゃん、おめでとうって思いながら見てた。司会者の人との会話も、全部憶えてる」

 おめでとうございます。これで一流のアイドルの仲間入りですね。
 ありがとうございます。レッスンに費やしてきた時間が、報われました。

 ねぇ、千早ちゃん。

 わたしはもう、一流のアイドルの仲間に入れてもらえないんだよ。
 どれだけがんばっても、 『TOP×TOP』を獲れなかった二流のアイドルなんだよ。
 私のレッスンに費やした時間は、報われなかったんだよ。


「だから、いいじゃない。千早ちゃんには全部あるんだよ。だから――」


 プロデューサーさんは、私にちょうだい。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 口を開く。
 声が、出せない。
 叫びたい。
 喉が、震えない。
 息を吐く。
 肺が、焼けつく。

「いいなぁ。千早ちゃんが、うらやましいよ」
 呼吸困難にも似た苦しさの中で、千早は春香の笑顔を見る。
「分かりやすい不幸って、使い勝手がいいんだろうなぁ」
 春香が指を折りながら数え上げてゆく。
「弟さんが亡くなって、ご両親が不仲で、離婚して、今は声が出ません、と」

「でもね」

「――『同情』と『愛情』とは、違うんだよ」

 手のひらに深い爪跡が残るくらい、右手を握り締めた。
 痛みが熱になる。肘まで届く。
 なんだろう、この痛みは。
 なんだろう、この喪失感は。

 私は今、何を失ったんだろう。


 左手に携帯を握り締め、私は仮眠室から出ようとする。
 春香は、そんな私に、何の声も掛けなかった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「傷付けないで、って頼んだじゃないか」
 真が、ベッドの端に座った。
 春香は、赤ん坊のように丸まって、ベッドに横になっていた。
「傷付けてないよ。ちょっと怒らせただけだもん」
 春香は、もう笑えなかった。


 私は今、何を失ったんだろう。


「千早ちゃん、今、どうしてる?」
「ボイスレッスン」
 春香は体を起こそうとした。でも、起き上がれなかった。動けなかった。
「声が出ないのに?」
「無理矢理出そうとしてる」
「喉、壊れちゃうよ?」
「壊したいんじゃないかな。いっそ」
 春香の目が、ゆっくりと閉じていく。
「千早ちゃんを止めて」
「うん。止めるよ」
「早く」
「もう少し、ここにいる」

 どうして、と春香が呟く。
 だって、と真が答える。

「ボクは、壊れる春香も、見たくないから」


 春香が、小さな声で泣いた。
 『TOP×TOP』で2位になった時も、
 プロデューサーさんにキスしかしてもらえなかった時も。

 泣きたくても、泣けなかった。

 笑顔で、全ての感情を塗り潰した。
 それなのに。


 涙が、今、流れ始めた。

                                                             【END】
 

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『二律背反のサクリファイス』 Aルート

『二律背反のサクリファイス』Aルートより




【A】<難しいわね。みんな可能性がありそうで>

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 事の発端は、昨日の朝のレッスン――。
 千早と真のデュオは、プロデューサーと一緒に早朝からダンスルームに入っていた。
「事務所の中にダンスルームがあるなんて、最高です!」
 真は新しくなった事務所の設備に大満足していた。そして、それは千早も一緒だった。
 現在765プロが使っているメインのレッスンスタジオは、事務所ビルの中にある。
「時間効率とセキュリティ面を考えると、それがベストだ」とは高木社長の言である。
 レッスンフロアに着き、動きやすいジャージに着替え終えた千早と真。
 しかし、プロデューサーは現れない。
 5分。10分。
 ストレッチで体をほぐしながらプロデューサーを待っていた2人も、さすがにおかしいと思い始めた。
「様子を見に、行ってみる?」
「そうね。何かあったのかしら」
 広さは大違いだが、このフロアには男性用のロッカールームもある。
 プロデューサーは、そこでスーツからスポーツウェアに着替えているはずだ。
 2人は足早に、男性用ロッカールームに向かう。
 ノック3回。返事は無い。
「プロデューサー? 開けますよー!」
「え!? あ、ちょっと待――」

 真が、ロッカールームのドアを開けた時、 プロデューサーは、なんとも言えない表情をしていた。
 ニヤけた顔を必死で真顔に戻そうとしていた為に、引きつったような顔になっている。
 その上、ロッカールームの入り口近くの大きな鏡に背中を向け、それに写った自分の姿を見ようと、
必死になって首をねじっていたものだから、ただでさえ微妙な表情が余計にゆがんでいた。
 そしてその原因も、一目で分かった。
 プロデューサーが着ている白いジャージの背中に、赤い、大きなハートマークが書かれていた。
「い、いやー、なんだろうな。今引っ張り出したらこんなになってて、困っちゃったなー、って」

 この気持ちを今あえて言葉にするなら……
 「なんかムカつく」……かな?

 その後のレッスンは壮絶なもので、プロデューサーが一つ指示を出す度に、
「意味が分かりません。もう少し分かりやすい表現をお願いします」
「ピンと来ないんで、ちょっと実際にやって見せてくださいよ」
 と、まるで薄氷を踏むようなレッスンだった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 問題は、実にシンプル。
 別にボクや千早がプロデューサーの事を好きだとか、そんな話じゃなくて。
 プロデューサーが正体不明の相手からラブコールされてるというのが迷惑なだけの話。
 正直、デレデレして、何か聞いても上の空で。
 あんな状態でプロデュースされ続けるのは迷惑。
 ただ、それだけの話。

 だから、私と真は相手を探し出そうとしている。
 いざとなれば直接、可能性のあるみんなに聞くまでだけれど。
 でも、恋愛感情が絡むのなら、事は穏便にした方がいい。
 勘違いだと分かれば、きっとプロデューサーも目を醒ますはずで、
 そうなれば、私達のプロデュースも今まで通り、しっかりしてくれるはずで。
 私が望むのは、それだけの話。それ以上じゃ、絶対ない。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「緑…じゃ無いよね」
 真の声。

<可能性は薄いわね。ハートマークを書く姿がイメージできないわ>

 千早の指が、リズム良く携帯のキーを押す。

<春香なら、どう?>

「え!? 赤!?」
 驚いたような真の声が、事務所の中に響く。
「何、真? 突然声上げてどうしたの?」
 律子が顔を上げ、ディスプレイ越しに2人の様子を見る。
「あ、いやぁ――」
 真が口篭った瞬間、千早の指は一度メール作成画面を閉じ、着信音を鳴らした。
 ファイヤー、アイスストーム、とかわいらしい電子音声が響く。
「千早、上手いなぁと思って、つい」
 前髪をかき上げる真の姿を見て、律子も納得したようだった。
「すごい集中力ねぇ、千早は。さっきから黙々と……」
 律子は、千早に対しても、程々にしなさいね、と声を掛けてパソコンに向かう。
「分かってるわ。ただの時間つぶしよ」
 千早の声。律子はディスプレイの裏から右手だけを出して、親指を立てて見せた。

「そこに赤はどうかなぁ。普通はもっとストレートで行くんじゃない?」
 わざわざジャージの背中にハートマークを――?
 と、そこで、真はある事に気が付いた。
 そういえば、あの後プロデューサーはすぐに脱いでしまったけれど――。
 ジャージ素材に、あんなにキレイに赤く線を引けるものなんて、そうそう無い――。
「やっぱり紫だったんだよ」

<突然、断定するのね。根拠は?>

 真は少しの間考え込んだが、ふと顔を上げ、独り言のように呟いた。
「あーあ、早く春香来ないかなぁ。春香の使ってたリップ、すごく良かったんだよ。潤い感が」

<?>

 真は、少し『溜め』を作ってから千早に話を振った。
「千早も憶えてない? 春香のかわいい、ピンク色のリップ」

<なるほど>

「どこの新作か、聞き忘れちゃったんだよね。この前」

<確かに。春香の口紅とは違うわね。あの赤は、そう、あずささんの口紅の色に似てる> 

 千早はその打ち込みを最後に携帯を折り畳むと、それをジャケットのポケットに落とした。
「どうするの?」
 ソファから立ち上がる千早の後を追いながら、真が聞いた。
「確認よ。確認」
 千早は、事務所のデスクで雑誌を読んでいるあずさに向かって歩く。

 どうする、という事も無い。
 事実関係がハッキリしてくれさえすれば、それでいい。
 仮にあずささんがプロデューサーにアプローチをしたとして、私とは無関係。
 ただ、プロデューサーが大人の対応をしてくれさえすれば、それでいい。
 もちろん、所属アイドルと事務所プロデューサーの恋愛なんて、非常識だ。
 大人なら、そのくらい分かりそうなもので、レッスン中にニヤニヤしてる場合じゃない。
 そうよ。私達とトップアイドルを目指すって、言ったくせに!

「あずささん、ちょっといいですか?」
「あら、何かしら?」
 あずさは所々にチェックを入れながら読んでいたグルメ雑誌をゆっくり閉じた。
 手に持っていたペンを、ニットの胸ポケットに差し込み、千早に向かって姿勢を正す。
 その雰囲気がいかにも大人の女性の余裕のようで、千早は少し、胸が痛んだ。
「少し、お伺いしたい事が」
「いいわよー。なんでも聞いて。千早ちゃん」
「では、会議室に来て頂けますか?」
 そう言って、千早はあずさに背を向けた。
「どうしたの、千早ちゃん。なんだか深刻な雰囲気だけど……」
 あずさは少し不安げな表情になる。
 そして、そんな千早とあずさを見て、律子が慌てて声を上げた。
「ちょっと、千早! 待ちなさい」
「あぁ、大丈夫。別に変な話じゃないんだ」
 椅子から立ち上がり、2人を追おうとする律子を真が止める。
「ボクも行くから。大丈夫、心配しないで」
「いや、そういう心配してるんじゃなくて――」
 律子が一瞬考え、そして、諦めたかのように一度、息を吐いた。
「まぁ、私がかばう道理も無いのよね」

 あずささんは、背中越しに色々と語りかけてきたが、
「会議室で」
 と、全て先送りにさせてもらった。
 私は私で、実は、どう切り出そうかと思案していた。
 おそらく、回りくどく言っても上手く伝わらないのがオチだから、ストレートが一番だ。
 あずささん、もしかしてプロデューサーの事が――?

 Q:なぜ、私がそれをあずささんに聞くのか?
 A:私を担当するプロデューサーの調子がおかしいと、レッスンが非効率的だから。

 おかしくない。
 実に自然な理由だ。
「10分程で、済みますから」
 そう言って、会議室のドアを開けた千早――の、目に映ったものは、床に散乱する大量の紙だった。
「これは、一体……」
 あずさと千早が、そのうちの1枚を拾い上げてみる。
 そこには赤いサインペンでびっしりと、大量のハートマークが書かれていた。
「ち、千早ちゃん!?」
 ピンク色に染まって見える大量の紙束の中に、小鳥さんの真っ赤な顔があった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「『バタフライ・エフェクト』ですか?」
 小鳥の言葉を繰り返す。どうも、その言葉を知った事が、全ての発端だったらしい。
「あまり詳しくないのですが、それはどういう話なんですか?」
「そうね。簡単に言うと、一見、何の関連性もない小さな出来事が、後の大きな出来事の 引き金になる、
 という理論だと思ってくれたらいいわ」
 そんな話が、得意げに小鳥の口から語られる。
「で、それとこのハートマークに、どんな関係が?」
 全く話が見えない様子の千早に、小鳥が熱く語り始める。
「いい、千早ちゃん。女の子はね、恋をするとキレイになるのよ!」
「……確かに、よく聞くフレーズではありますが」
「そして、『病は気から』と、昔から良く言うじゃない?」
「精神が肉体に影響を与える事は、理解できます」
 千早が頷きながら答えると、小鳥も満足げに頷いた。
「だとするとね、恋の病だって気持ち次第。つまり、恋愛してる気持ちにさえなれば、体も恋愛準備OK!
 その瞬間から、私はどんどんキレイになって、モテカワ愛され体質になる、って事なのよ!」
「な、なんだってー」
 部屋に入るなり、呆れたように律子が棒読みで言った。
 見ないでおいてあげてほしかったんだけどね、という律子の声もスルーして、小鳥演説は続く。
「つまり、こうしてハートを連ねることで、私はみるみるキレイになるの。つまり、このハートのうちの
 どれか一つが、幸せな恋愛を運んでくるのよ! これこそが、『愛のバタフライ・エフェクト』!」 
 正しい意味を知っている律子は言うに及ばず、詳しくは知らない千早と真も、少し引いていた。
 きっと、この解釈は8割の願望と2割の現実逃避だ――。
「じゃぁ、まさか、プロデューサーのジャージにハートを書いたのも?」
「ええ。ちょっと冒険してみたわ!」
 深いため息とグッタリ感が、会議室全体を支配していた。
 と、そこで千早は我に返る。
 まったくもって、あずさは無関係だった。
 謝るべき? それとも、別の話題で誤魔化してしまおうか。
 必死になって考えながら、あずさの方を振り返る。
 そこには、胸ポケットから取り出したサインペンで、紙にハートを書き連ねるあずさの姿があった。

 結局、小鳥さんがプロデューサーに好意を寄せているかというとそうではなく。
 プロデューサーもハートの主が小鳥さんと知るや、「あー、そっか……」と呟くだけだった。
 こうして私達の効率的なレッスンは元通りとなる――はずだったのだけれど。

「はぁー」
 プロデューサーのため息がひとつ。
「何ですか、プロデューサー。まだ何か?」
 呆れたように、千早が言う。真も、少し苛立たしげに歩み寄る。
「ご、ごめん。でもあのハート、ちょっと期待しちゃったんだよなぁ」
 プロデューサーが立ち上がる。そして、2人の顔を見ながら言った。
「あれ、千早か真が書いてくれたんだと思っちゃっててさ。なんか、こう、ついに俺の想いが届いたか! って」
 プロデューサーが大きく両手を広げ、まるで熱血教師モノのドラマのようなジェスチャーをする。
 その瞬間、千早は真っ赤になって顔を伏せ、真は目を輝かせて拳を握った。
「意味が分かりません。もう少し分かりやすい表現をお願いします」
「ピンと来ないんで、ちょっと実際にやって見せてくださいよ」

 その日も、まるで、薄氷を踏むようなレッスンだった。

                                                             【END】
 

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ジャンル : ゲーム

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ガルシア

Author:ガルシア
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