『企画』08 「一枚絵で書いてみm@ster・3」参加作品 『散るからこそに』

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 風が吹いていた。

 暗い夜の闇を照らす灯りはあまりに弱く、朧げで、儚い。
 全てを呑み込む様な虚無と重力が、心を濃い影で覆っていく。
 心臓の裏側から引っ張られ、地面に取り込まるような錯覚。
 背骨を掴まれ、肉体と乖離したそれが夜空へ吸い込まれるような感覚。

 虚言。虚勢。虚栄。
 虚像。虚構。虚飾。

 ――虚無。

 失うものはあまりに大きく、すがる糸はあまりに細い。
 それでも少女は夜闇に光る蜘蛛の糸、その一条に手を伸ばし、絶望を確かめる。

 もう届かない。
 もう手に入らない。
 もう取り戻せない。

 もう――。





chirukara.jpg





「客観的かつ公正な視点で、決して私情を挟まず、事実のみを列挙する事にしましょう」
 それが、秋月律子の提案だった。
 わずかに厚みのあるレジャーシートの下に桜の根を感じながら、千早が頷く。
 では、私から――と、律子。
「まず、プロデューサーのプロデュースには、確かな実績があるわよね」
 その点については、千早も大きく同意する。
 候補生だった自分をたった1年でBランクアイドルに育て上げたのだから。
 それも、千早一人だけではない。同時に3人を担当して、だ。
「私をBランクアイドルにするなんて、すごい力量だと思うわ」
 それぞれにソロとして活動しながら、律子と千早は、時折同じステージに立った。
 だからこそ、お互いを認めているし、お互いの気持ちも知っていた。
「そのプロデュース力は広く行使されるべきで、対象を限定すべきではないと思うの」
 風が吹く。桜の花びらが舞う。
 心が騒ぐ。千早の表情が曇る。
「例えば指導者的な立場に立って、後進を育成する事こそ、プロデューサーの進む道だわ」
 律子は右手の人差し指を立て、同意を求めるように千早を見る。
 千早は溜息混じりに首を横に振り、律子の言葉に抵抗を示す。
「……選択肢の一つではあるけれど、それが最善だとは思えないわ」
 律子の眉が、小さく沈む。
 千早の声が、小さく弾む。
「いくら実績があるとはいえ、まだ2年しか経験が無いのよ」
千早の手が中空に円を描く。そしてそれを、さらに大きな円で囲んだ。
「プロデューサーは不動の地位を築くべきよ。例えば、国外でも実績を上げる、とか」
 律子は両腕を組み、小さく首を傾ける。千早は気付かないふりをして、話を続ける。
「社長業は、凱旋帰国の後でもいいんじゃない? プロデューサーも律子も、まだ充分若いわ」
 ――千早が、一歩踏み込んだ。
「千早。あなたがアメリカでトップアイドルになるのに、何年かかるの?」
 ――律子が、それを受けて立つ。
「やってみなければ分からないわ」
「日本よりも簡単だとは思えないから、早くて2年としましょうか」
 律子が右手の甲を向け、人差し指と中指を伸ばして見せる。
「プロデューサーの実績から言えば、2年あればAランクアイドル2人とBランクアイドルを4人出せるわ」
 ここ1年の成果に2を掛けただけの単純計算だったが、ただそれだけに、間違いも無い。
「それだけの才能を、千早が独り占めする気?」
 知っていた。
 律子が、プロデューサーと一緒に事務所を構えたがっていた事を、千早は知っていた。
 千早が、プロデューサーと一緒にアメリカで挑戦したがっていた事を、律子は知っていた。
 だから2人は、互いに夢を語れなかった。
 誰よりも大切な人を、誰よりも仲の良い親友から奪うことは出来なかった。

 そして2人は、プロデューサーを失った。

「3人で、アメリカに行ければ良かったわね」
「え……?」
「楽しいと思うわ。律子も、学べる事が多かったでしょう? きっと」
 考えてもみなかった。
 でも、それはとても刺激的で、それはとても楽しそうな世界だ。
「アメリカは、エンターテインメントとショービジネスの本場だもの。興味あるでしょう?」
「楽しいかもね。ううん、楽しいに決まってる。千早と、プロデューサーと」
 2人は語った。
 決してたどり着けない場所。
 訪れる事の無い未来。
 もう手の届かない、夢――。

「なんだかんだで頼りになったのよね」
 律子は、そっと右手を耳の裏に向け、右の三つ編みに触れた。
「ミスは多いし、オーディションじゃアイドルよりも緊張してたけど」
「プロデューサーは、優しかったわね」
 千早は、ペンダント代わりに首から下げたプラチナの指輪に触れた。
「いつだって、本当にいて欲しい時には、隣にいてくれたもの」
 律子が、じっと千早の顔を見る。
「今は、『いて欲しい時』じゃないの?」
「私達も、卒業の季節なのよ。きっと」
「卒業、か……」
 2人は、ふぅっ、と息を吐いた。
 千早は紙コップを2つ取り、1つを律子に手渡した。
 律子は事務所から持ち出した水筒から水を注いだ。
「カンパイ」
 律子が言った。
「どっちの意味?」
 千早が聞いた。
 律子は答えずに、冷たい水に唇を付けた。


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「その内、結婚式に呼ばれたりするのかしらね」
 律子の目には、幸せそうなプロデューサーの顔が浮かんでいた。
「呼ばれないほど嫌われてはいないつもりだけど」
 千早の耳には、嬉しそうな同僚の声が残っていた。
「呼ばれたら、千早は行く?」
「行かない訳には……いかないわよね」
 千早もゆっくりと喉を潤す。
 風が吹いた。
 満開の桜が大きく風をはらみ、霞のように花びらを散らした。
「いっそ、どうしても外せない仕事とか、入らないかしら」
 律子の呟きを聞いて、千早が笑った。
「じゃぁお仕事でスケジュールを埋める為に、私達もAランクアイドルにならないとね」
「何言ってるのよ! あの子と並んだってしょうがないじゃない」
 ビシッと、音が出るような勢いで律子が人差し指を立てた。
「超えるのよ。私達は、Sランクを目指すのよ!」
「じゃあいっそ、デュオで再デビューしてみる?」
「いいわね。私と千早なら、絶対イケるわ!」
 ――乾杯!
 2人の声が重なった。
 夜の公園に、明るい声が響く。

 月明かりの下で、桜の色が移った様な2人の頬は、ほんの少し、濡れていた。

                                                             【END】




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           『一枚絵で書いてみm@ster』第3回  参加者:35名
 

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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No title

読ませていただきました。

前回が様々なガシェットを盛り込んだ「超魔球」な感じだったのに対して、
今回はある意味ストレートを投げ込んできた感じですね。
もっとも、直球と分かっていても、球種が重くて容易に安打にできませんがw。

こういう、登場人物の心の機微に入り込むような話を書くのが苦手なだけに
読んだ後には「ガルシアェ…」となるんですがw。

御礼。

> 前回が様々なガシェットを盛り込んだ「超魔球」な感じだったのに対して、
> 今回はある意味ストレートを投げ込んできた感じですね。

あんなのを作っておきながら、それなりに迷いもあるんですよね。
「これ、SSか?」って。
自分勝手にやる分には何の問題ないけど、SS企画に乗っかっていいのか? とか。
それでも、より多くの人に見てほしい、と思ってやっちゃう訳なんですが。

なので、今回はそういった迷いの要らない、ストレートな作品を1つ書いてみました。
2作目は、架空戦記予定です。

> 読んだ後には「ガルシアェ…」となるんですがw。

そんな発音で呼ばれるとは思いませんでした。こわいこわい。
これからも、色々な人のこころに「ざわざわ」をお届けして行きたいと思います。
どんどん切磋琢磨しましょう。

独占欲

って、本当にそれに縛られると周りが見えなくなるんですよね
ちょっと考えれば最適解があるのに それが見えなくなる
自分の幸せを優先すると 全て失って ……ってのはよくある話で

実際どっちかがうまくいったとしても、結局何か失うのかなぁと

失って強くなれるけど そういう強さって何か悲しいものですよねと

美しい。

散った花びらは、あとは土へと還るだけ。

ああ、もうド直球ですね。その代わり1マイル出てるって言う。
完全に見逃し三振か、振り遅れるかの二択でございましたw
二人の間で交わされる何気ない言葉の間に、沢山の花弁が
詰まっていて、口に出す度にそれらが散って、言葉になって、
土へと還って行く様が何とも切ない。

二人の新たな決意と前途に、乾杯。

拝読致しました

咲き誇る花は散るからこそに、ですね。
美しい少女の友情、思わずため息が漏れました。
青春といえばいいのでしょうか、河原で殴り合いをする少年を見ているような、
そんな憧憬が心に残りました。
こういう細やかな心情の変化を題材にしたストーリー、素敵ですね。
カンパイの下りは、本当にそのときの二人の心情を見事に表した名文句だと思います。流石です。
素敵なSSをありがとうございました!

御礼。

>> トリスケリオンP

> って、本当にそれに縛られると周りが見えなくなるんですよね

欲と執着。恋と愛情。純と不純。幸と不幸。
紙一重なんですよね。ほんのちょっとの差で、今が分かれる訳で。

> 実際どっちかがうまくいったとしても、結局何か失うのかなぁと
> 失って強くなれるけど そういう強さって何か悲しいものですよねと

2人を主役にしているから、そう映るかもしれません。
でも、Pともう1人の「あの子」は、幸せなのかもしれません。
世の中って、難しいですね。
こんな風に考えると、アイマスでデュオ、トリオをプロデュースするのは罪作りかも。

御礼。

>> 微熱体温さん

> 散った花びらは、あとは土へと還るだけ。

それならばいっそ、斜めを見ずに、お天道さんを仰いでみようか――。
いい詩です。実に。

> ああ、もうド直球ですね。その代わり1マイル出てるって言う。

あとはストライクゾーンに入ってる事を祈るだけ!

> 二人の間で交わされる何気ない言葉の間に、沢山の花弁が
> 詰まっていて、口に出す度にそれらが散って、言葉になって、
> 土へと還って行く様が何とも切ない。

切ないですよね。if の言い合いですから。
でも、可能性が消えてしまったからこそ、言い合える事だったのだと思います。

> 二人の新たな決意と前途に、乾杯。

大丈夫に決まってます。ええ、2人は強い子。乾杯!!

御礼。

>> 小六さん

> 咲き誇る花は散るからこそに、ですね。

大勢の人に気付いてもらえて嬉しいです。
あの歌の四季の表現は、本当に素晴らしいと思います。超リスペクト。

> 美しい少女の友情、思わずため息が漏れました。
> 青春といえばいいのでしょうか、河原で殴り合いをする少年を見ているような、
> そんな憧憬が心に残りました。

私の個人的な想いなのですが、律子と千早の場合、
本音を語ったり、取り乱したり出来るのって、
いつも手遅れになってから、だと思うんですよ。
取り戻せなくなってから、諦めざるを得なくなってから、初めて泣いて、叫んで。
そんな、強いようで弱い、でもその弱さを越えて行ける2人が大好きです。

> こういう細やかな心情の変化を題材にしたストーリー、素敵ですね。
> カンパイの下りは、本当にそのときの二人の心情を見事に表した名文句だと思います。

つらいですよね。なんだかんだで、「あの子」も仲間なんです。
幸せを祈ってあげなきゃ、って思いながら、もし自分の想いが叶っていたら、って。
明日から前を向く為に、今日は全力で落ち込んでいい日だと思います。

> 素敵なSSをありがとうございました!

読んで頂いて、コメントして頂いてありがとうございます。
そう言って頂ける作品を書けるよう、今後もがんばって行きます。

No title

二人が同じ立場に留まったことに、ほんの少しだけホッとしてしまいました。
そして、「乾杯」し合える関係でいつづけてくれて良かった、とも思いました。

同じ異性に振られた(もしくは射止められなかった)友人同士というのは、
非常に強い絆で結ばれそうな気がします。この律子と千早も、おそらく
いい関係のまま年を重ねるのでしょうね。何年かあと、振った本人が
腰をぬかすくらい綺麗な女性になりそうなイメージが、ふと湧きました。
失恋する少女の可憐さほど、儚くて綺麗なものはありませんね。
切なくもあり、反面二人の明るさが際立って美しくも見えました。お見事です。

御礼。

>> 寓話P

> 二人が同じ立場に留まったことに、ほんの少しだけホッとしてしまいました。
> そして、「乾杯」し合える関係でいつづけてくれて良かった、とも思いました。

共感して頂けたことを嬉しく思います。
作者としても、どちらかがどちらかを恨んだり、断罪する話は筆が進まず、
二人ともに、つらい思いをして頂きました。
そして二人とも、大きな物を失ったけど、かけがえのない物を手に入れました。


> 同じ異性に振られた(もしくは射止められなかった)友人同士というのは、
> 非常に強い絆で結ばれそうな気がします。

素敵ですよね。「いい思い出」にしてもらえたらと思います。
今はまだ、なんだかんだ言いながらへこんでますが、
いつか結婚式に呼ばれたら仕事の調整をつけてお休み取って、
全力のデュオで、ウエディングソング歌ってくれるはずです。

> 何年かあと、振った本人が腰をぬかすくらい
> 綺麗な女性になりそうなイメージが、ふと湧きました。

如月千早・21歳とか、秋月律子・24歳とか、そりゃ相当な美人さんだと思います。
アイドルというとある程度の若さが武器になりますが、
女性として考えれば、まだまだヒヨっ子な765プロのアイドルですから、
失恋の一つや二つ、乗り越えて輝きを増していく事でしょう。きっと。

> 失恋する少女の可憐さほど、儚くて綺麗なものはありませんね。
> 切なくもあり、反面二人の明るさが際立って美しくも見えました。

ありがとうございます。
途中で、Pがお亡くなりになってるパターンも考えていてのですが、
そうではない、この形の方が辛さを乗り越える意味と意義が大きいだろうと思いました。
後悔ではなく、恨み言でもなく、「おめでとう」の言葉を言う為に。

花は枯れても種が残り、それはやがて大地で芽吹き、また新たな花になるのです。
落ちた花びらや茎や葉をその養分として、次は大輪の花に――。

No title

どうもです。

「あの子」が誰なのか、考えるのはもしかすると無粋のなのかも知れませんが、ちょっと気になります。
会話の中に、常に含みを持ったような雰囲気が、りつちはの妙味だなーと改めて感じますね。心がちょっとチクチクしますが、それが良い。

御礼。

> どうもです。

どうもです。

> 「あの子」が誰なのか、考えるのはもしかすると
> 無粋のなのかも知れませんが、ちょっと気になります。

色々考えはしたのですが、今回は徹底的にヒントを減らしました。
「あの子」呼ばわりされているので、あずささんではないだろう、とか、
「その内結婚式に」という表現から考えると、亜美真美は遠いかな、とか、
色々と想像してみても絞りきれはずなので、結論は読者様に委ねております。

> 会話の中に、常に含みを持ったような雰囲気が、
> りつちはの妙味だなーと改めて感じますね。
> 心がちょっとチクチクしますが、それが良い。

内・外で言えば内。陰・陽で言えば陰。白・黒で言えば黒。
そっち側の2人だと捉えておりますので、行動無く会話だけでもドラマが成立します。
「自分の事は良く分かってないくせに他人の事にはしっかりアドバイスできる2人」
と描く格好で、この2人を組ませるのは大好きです。
うーん、この組み合わせは良い! 絵師様に感謝!

No title

 こんばんは〜 読ませて頂きました

 このSSを読んで「あ、俺、律っちゃんのED見てない」と気付いた……
 そういえば「そういうお話」という知識はあったけど、見た記憶がないっ
 千早は見たのに……

 途中までは「あ、どっちかとくっついたのか?」と思って読み進めたのに、途中から雲行きがどんどん変わっていって……
 結婚式ってことは…… なるほどね と
 恋は盲目とはよく言ったものですな
 ……途中でちらっと、桜の下に埋まってるんじゃないだろうか とも思ってしまったわけですが(言うな)

 ということで、初書き込みで失礼しました〜

御礼。

>> ふるぷら〜んP

> こんばんは〜 読ませて頂きました

ありがとうございます。嬉しい限り。

> このSSを読んで「あ、俺、律っちゃんのED見てない」と気付いた……
> そういえば「そういうお話」という知識はあったけど、見た記憶がないっ
> 千早は見たのに……

見てやってください。真EDもいいですが、A失敗やB成功も良い感じです。
ニコニコ探せば全部あるとは思いますが、
律子さんプロデュースした後であのED達は、破壊力抜群ですよー。

> 途中までは「あ、どっちかとくっついたのか?」と思って読み進めたのに、
> 途中から雲行きがどんどん変わっていって……

実はコメント頂いた内容は全て企画段階で通った道です。
「どっちかとくっつく」→「どっちも振られる」
「P死亡で追悼の花見」→「死んでないけど、手が届かない所へ」
せっかくなら読者の方に「あぁ」とか「おー」とか思って欲しいので、色々と。

> ということで、初書き込みで失礼しました〜

ありがとうございます。今後とも、どうぞよしなに。

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プロフィール

ガルシアP

Author:ガルシアP
◎レッガー=●カブキ=カブトワリ

twitterでは “ gar_cia_P ”。

SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
ゲームもCDも中の人達も、
ニコマスもSSも、大好き。

Web-:http://garciap.web.fc2.com/
mail:underkoverloverz◆gmail.com

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