企画13 『一時間SS/0416』  『Hot Heat Heart.』

whiteA_small.png  ・4/16テーマ:「タオル」「湯気」「花見」「すき」




 床や壁とは違う材質――おそらく樫の木――のノブを回す。
 回る。
 乾いた右手に左手を重ね、そのドアを押し開けようとする。
 動かない。
 一度小さく息を吸い、ドアに右肩を押し付けて体全体で押そうとする。
 動かない。
 杉の木の匂いが鼻腔を焼く。右肩が熱にやられ、長く続けてはいられない。
(なんなのよ、もう……)
 焦りを抑え、周囲を見回す。
 ドアを開けるのに使えそうな道具は無い。
 あるのはぬるま湯と、それを汲む為の手桶。そして触りようの無い、熱く焼けた小石の山――。
 あとは、自分の体に巻いたタオルだけだった。
 服は着ていない。下着も、髪留めのゴムすら身に付けていない。
 眼鏡を外している為、物の輪郭もボヤけている。
 窓の無い密閉空間。
 壁に埋め込まれた温度計に顔を近づけてみる。
 ――室温、摂氏88℃。
 喉が、ひどく渇いていた。



 Hot Heat Heart.
    ホット・ヒート・ハート

 
 今日のスケジュールは、美希や雪歩と3人でリポーターをするお仕事だった。
『世界の温泉を楽しもう! 身も心も温まる癒しのテーマパーク!!』
 そんな前時代的なキャッチコピーに眉をひそめつつも仕事と割り切ってリポートを務めた律子に、
「まだ一般のお客様がいないオープン前だから、貸切気分で楽しんでくるといいよ」
 と言って、プロデューサーが手を振ったのが、およそ3時間前。
 途中までは一緒にリポーターをした2人と一緒に回っていたが、途中で分かれてしまっていた。
 ジェット風呂や電気風呂は、確かに体の疲れを取ってくれた、気がする。
 薔薇風呂やミルク風呂はロマンチックだったし、チョコレート風呂は肌触りが楽しかった。
 ただ――
(失敗だったわね)
 フィンランド式サウナの入り口は、テーマパークの中でも一番奥にあった。
 テーマパークの奥には四季の花や木々が植えられ、ファンタジックな世界を作っていた。
 子供が遊ぶブロックをそのまま大きくしたようなポップな色使いの、コンテナ状の建造物。
 その中に、1人~2人向けのサウナが16室あった。
 ロッカールームで眼鏡やアクセサリーを外し、服を脱ぎ、大き目のバスタオルを巻いて廊下を渡る。
 右に8部屋、左に8部屋。なんとなく右側の、手前から2番目の部屋に入ったのだが――
 記憶の端に一枚の紙が浮かんだ。
(あれ、何だったのかしら……)
 今にして思えば、紙が貼ってあったのはこのサウナのドアだけだった。
 この状況を踏まえて考えるなら、何かの注意書きか、警告だったのかもしれない。
 『鍵が壊れています』とか、『ドアの立て付けが悪いため、利用禁止』、とか?
 せめて眼鏡をかけていれば、もっと早く気付き、しっかりと内容を確認したはずだ。
 90℃近い室温の中で、律子は寒気を感じた。
 汗は出ない。いや、出た瞬間、揮発するのだ。
 体の中の水分量は減り続けている。それは、喉と目の渇き方で、否が応でも思い知らされる。
 時間が無い。

 律子は、頭の中で脱出方法を組み立てる。
 ドアが開かない理由を、ドアのどこかが枠のどこかに引っかかっているから、として考える。
 方法は、どちらかしかない。
 ドアを壊すか、枠を壊すか、だ。
 タオルを取るのは少し抵抗があったが、そうも言っていられない緊急事態だった。
 使えるものは限られている。
 自分の体重以上の重さをかける方法、あるいはそれを1ヶ所に集中する方法――。

 夏の気温が40℃を超えれば、普通の人は耐えられない。
 それなのに、サウナの中では、80℃、90℃でも耐えられるのはなぜか?
 それは、湿度の差に他ならない。
 つまり、サウナの中で湿度が上がれば、それは即座に、耐えられない環境となる。
(10分……5分が限界、かな)
 律子は手桶に水を汲み、それを石の山にかけた。
 瞬間、水は一気に水蒸気と化し、室内に広がる。
 湿度は質量を伴う強力な熱気の壁となり、律子の肌を焼いた。
(――っつ!)
 手桶をもう一度水に浸けると、それを使って小石の山の頂上を掬う。
 同じく水に浸けたバスタオルを使って、手桶ごと包み、余った布を捻り上げる。
 手製の、少しいびつなブラックジャックだ。
 木桶の中に小石を詰めたものを、充分な遠心力で振り回せるようになる。
「これで――!」
 狙うのは、ドアでも、枠でもない。
 もう1点あった。
 ドアと枠を繋ぐ、蝶番だ――。





 冷たい外気が、心地よかった。
 所々が擦り切れ、穴の開いたタオルを申し訳程度に体に巻いて、律子は立ち尽くしていた。
 目が霞む。
 その視界を、風で散った桜吹雪が塞いでいた。

 振り返れば、そこには外れた木製のドア。
 その張り紙には、『765プロ・アイドル様』と書かれていた。
 立ち入り禁止の貼り紙ではなく、誘導する貼り紙。
 それも、A4のコピー用紙に明朝体での印刷だ。

 ドアのノブには、左右の入り口のドアノブを支えとした金属製の掛け金が通されていた。
 律子が中に入った後で、誰かが、外から鍵を掛けたのだ。
 中に、765プロのアイドルがいる、と知っていて。

 まさか――。

 様々な想いが、脳裏をよぎる。
「すきがあった、って事ね」
 律子は、美希と雪歩の安否を気遣う。
 しかし、もう一つの可能性も、否定できなかった。

 2人のどちらかが、私を――。

 後先は考えていられなかった。
 まずは2人を探そう。

 律子の心臓が、熱く、鼓動した。

 

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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どんでんどんでん返し。

湯気の向こうに、なんだかタオル一枚の律子さんが!(キャー!)
しかも律子と美希と雪歩で温泉とな!(わっほいわっほい!)

……という、思いっきりワクワクな気分でいたら、これですよ。

「あれっ、なんか勘違いしてた!?」と、本当の現場に気づいた時には、
律子が大ピンチのど真ん中にいて、そこから最後まで目が離せない…と
いう流れまで含めて、拝読しながら始終ハラハラしていました。

一枚絵第二回の「Ice Breaker」然り、本作の「Hot Heat Heart.」然り、
「なにやら物凄く危険なところに閉じ込められた恐怖」というのは
生命に関わる分だけ、心臓のあたりを直撃するドキドキ感がありますね。

いつもの髪もほどいて、眼鏡もはずした、いわゆる「覚醒りっちゃん」が、
タオル一枚でドアをぶち破って脱出する、という豪快なシーンは、燃えます。

お題の「隙」を最後に絡め、二人の安否がどうなったのか、そもそも二人が
どういう立場に居るのか解らないラストが、律子の不安と鼓動にシンクロして、
シナリオ的にも途中で冷めることなく、「熱い」まま流れたのが良かったです。

救出エンドでも、策略エンドでも、どちらとも取れるシーンで終幕しているので、
ガルシアさん的に、マルチエンドのパターンがあれば、お伺いしてみたいです。

さて、どっちが本命で来るかなー。

御礼。

>> 寓話さん

全くコメントの付いていなかった過去作にコメントを頂くのは、
とても嬉しい反面、ちょっぴり恥ずかしいですね。
いや、でも、やっぱり嬉しい。感謝。

> 湯気の向こうに、なんだかタオル一枚の律子さんが!(キャー!)
> しかも律子と美希と雪歩で温泉とな!(わっほいわっほい!)
>
> ……という、思いっきりワクワクな気分でいたら、これですよ。

ふつーに温泉で気持ち良く美味いもの食べる話とか、書きましょうかね。
なんか、いっつもサスペンスで申し訳無いです。アイドルのみんなに。
ただ、この回はお題全部入れようと思ったらこうなっちゃいました。てへっ☆

> 「あれっ、なんか勘違いしてた!?」と、本当の現場に気づいた時には、
> 律子が大ピンチのど真ん中にいて、そこから最後まで目が離せない…と
> いう流れまで含めて、拝読しながら始終ハラハラしていました。

アイドルを窮地に追い込むのが好きみたいですね。この作者。
この時は、なんというか、日常の中にある危機、見たいなものを考えました。
765プロのアイドルは基本的にガードが甘い印象なので、
事と次第によってはこういう事件が起きると思うんですよね。
それが内部犯によるものか、外部犯によるものかはともかく。

> 一枚絵第二回の「Ice Breaker」然り、本作の「Hot Heat Heart.」然り、
> 「なにやら物凄く危険なところに閉じ込められた恐怖」というのは
> 生命に関わる分だけ、心臓のあたりを直撃するドキドキ感がありますね。

読んで頂いている方にちょっと想像をして頂くためのサムシングは必要なんですが、
その労を惜しまずに読んで頂けさえすれば、かなりの危機感を味わって頂けるかと。
サウナに閉じ込められるって相当怖いですよね。
しかも装備品が少ないわ、中で触れるもの少ないわで、マジ大ピンチです。
ある意味、アルティメイト・ダイエットです。

> いつもの髪もほどいて、眼鏡もはずした、いわゆる「覚醒りっちゃん」が、
> タオル一枚でドアをぶち破って脱出する、という豪快なシーンは、燃えます。

ドアぶち破った瞬間は全裸ですけどね!
ドアの蝶番破壊>ドア蹴破る>涼しい空気深呼吸>全裸な事を思い出す>慌ててタオル巻く。
いざという時は、自分の照れや恥ずかしさを捨て、完全な優先順位付けができる、
ってのが律子さんのイメージです。で、危機脱出した瞬間「きゃあ」って。

> お題の「隙」を最後に絡め、二人の安否がどうなったのか、そもそも二人が
> どういう立場に居るのか解らないラストが、律子の不安と鼓動にシンクロして、
> シナリオ的にも途中で冷めることなく、「熱い」まま流れたのが良かったです。

「すき」はもう、あんな風にしかできませんでした。苦肉ですねー。
別に百合文化を否定する気は無いのですが、他の人が喜んで百合に持っていくかも、
と思ったら、つい別の方向を模索してしまいます。
765プロのアイドルはガードが甘そう、という前述の印象からの派生ですね。
疑惑と不安は、物語の良いスパイスだと思います。
ガルシアブランドは、もしかしたらミステリ寄りなのかな。

> 救出エンドでも、策略エンドでも、どちらとも取れるシーンで終幕しているので、
> ガルシアさん的に、マルチエンドのパターンがあれば、お伺いしてみたいです。
>
> さて、どっちが本命で来るかなー。

まぁ、きっと続きを書く予定はないのであれですが、この日、被害に遭うのは律子だけで、
2人とも楽しく温泉施設をエンジョイしております。律子、拍子抜け。
「何かあったんですかー?」「律子、何かオカシイの」とか言われ、
「あ、ううん。なんでもないわ」みたいに取り繕ってしまうせいで、言い出せなくなります。

あれは何かの事故かな、考えすぎだったかな、と思い始める律子。
でも、ある日浮かない顔をした春香が事務所に入ってくる。気になる律子。
時間を見て2人きりになり事情を聞くと、駅のホームで突き飛ばされた気がする、と。
タイミングは快速急行が通過するタイミング。故意だとしたら、明確な殺意がある事に――。
律子は自分自身の体験と合わせ、一つの仮説を打ち立てる。
それは、765プロのアイドルが無差別に狙われている、というストーリー。
まさか、なんでそんな、と受け容れられない春香。そりゃ私だって、と律子。
会議室をノックする音。飛び込んでくる小鳥さん。
「ことりさん!? 一体、どうしたんですか?」
「今、病院から電話があって、やよいちゃんが――」

そんな感じで展開して行きます。いや、展開しませんけど。

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SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
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