1時間SS『それはまるでワインのように』

whiteA_small.png  ・02/10 テーマは「チョコレート」「ワイン」「手作り」「高級」。

                              Pixivはこちら。



 速い間隔で、少女の喉が鳴っていた。
 両の掌を膝について、乱れた呼吸を整える。
 肺から搾り出された呼気が、体力ごと出ていくような感覚。

「ダメね、こんなんじゃ」

 汗で張り付いた前髪をかき上げ、黒川千秋は上体を起こす。
 この程度では、ダメだ。
 もっと、もっと――。

 ユニットを組む予定の4人は、既に先に帰っていた。
 スタジオの退出時刻まで、あと35分。
 その間に、確かな手応えを掴みたかった。

 キーホルダーに付いたリモコンで、曲の頭出しをする。
 4分35秒の楽曲。
 踊り切る。
 全力で。

 鏡越しに、スタジオの外のプロデューサーと目が合った。



 体力的には、限界のはずだ。
 既定のレッスンを全てこなし、技術的にも他の4人に劣ってはいない。
 それでもまだ、足りないと言った彼女を、プロデューサーは止められなかった。
 できる事は、他の4人に気を使わせない事くらいで。
 千秋の自主トレを見届けて、感想を言う事くらいで。

 ――感想を言う事くらいで。


 実際、彼女のダンスや歌唱には、もう指導できる所がない。
 そんなレベルはとっくに越えていて、今は専門のトレーナーに頼んでいる。
 自分の力不足を痛感しながら、でも、自分の本分はそこじゃないと呑み込んで。
 
 自分にできる事は、なんだろう。
 自分がなすべき事はなんだろう。

 そんな事を考えながら、踊る千秋の背中を見詰める。

 もうすぐデビューなのに。
 もうすぐ、彼女達はステージに立つのに。

 その日が近付けば近付くほど、自分にできる事が減っている。
 彼女達が、プロデューサーである自分の手を離れてしまう気がして――。


「相変わらず、深刻な顔してるのね」

 スタジオの入り口に、一人の女性が立っていた。
 目深に被っていたキャスケット帽を取ると、絹のような黒髪が流れて落ちる。

「志乃さん! どうして、ここに?」

 柊志乃は、2ヶ月前にデビューしていた。
 スカウトされた時期は5人と一緒だが、運動神経も歌唱力も頭一つ飛び抜けていたので、
 事務所の決定として、ソロデビューする形になった。
 彼女自身が、それを喜んだとも、嫌がったとも聞いていない。
 あるがままを受け入れた、という印象だった。

「知り合いがね、そこの角でワインバーを始めたの。開店祝いの帰りよ」

 手に持った細い紙袋を持ち上げて、風に揺れる湖面のような微笑を浮かべる。

「とりあえず、頭の中身、口から出してみない?」
「え?」
「その、眉間の皺の理由。いくらか楽になるわよ」


   *       *       *       *       *


 プロデューサーが、途切れ途切れに吐き出した言葉を、志乃は丁寧に拾い上げた。
 そして――、
「貴方、思ってたよりも青臭いのね」
 と、真正面から瞳を覗き込むようにして言った。

「赤ワインの瓶の底が、どうしてこんなに窪んでいるか知ってる?」

 紙袋から、深緑色の瓶を取り出し、そっと持ち上げて底を見せた。

「高いワインは、底が深くへこんでるって聞いた事はあるんですけど……」
 クスッと、志乃が笑った。

「赤ワインはね、果皮や種子も一緒に発酵させるの。
 だから、複雑な味と香りが育まれる代わりに、不純物も増えるのよ。
 それを澱(おり)として底に沈めておく為の加工が、この底の形」

 志乃はプロデューサーの腕にそっと触れた。

「じっと待つ事も、見守る事も、大切な仕事だと思ったら?
 手を突っ込んで、かき回してはいけない時もあるのよ。きっと」

 何が何の例えなのかは、すぐには分からなかった。
 それでもプロデューサーは、志乃の言葉を胸に刻み付けていた。


   *       *       *       *       *


「志乃さん! こんばんは」

 レッスンを終え、着替えた千秋が、志乃に駆け寄った。
 いくつか言葉を交わした所で、千秋がプロデューサーに頭を下げた。

「ワガママ言って、申し訳ありません」
「満足した?」
「はい。何か、掴めた気がします」
「なら、良かった」

「プロデューサーは、今日はタクシーよね?」
「ええ、社用車は先輩が使ってるので」
「じゃあ、寄り道して帰りましょう」
 志乃の言葉に、千秋が驚いた。
「え? どこへ寄るんですか?」
「知り合いがね、そこの角でワインバーを始めたの。だから――」

 一瞬、志乃の目が、プロデューサーに向けられた。

「千秋ちゃんに、ハッピーバースデーの一杯を、ね」


 2月26日――今日は、黒川千秋の、20歳の誕生日だった。

                                     【終】

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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ガルシアP

Author:ガルシアP
◎レッガー=●カブキ=カブトワリ

twitterでは “ gar_cia_P ”。

SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
ゲームもCDも中の人達も、
ニコマスもSSも、大好き。

Web-:http://garciap.web.fc2.com/
mail:underkoverloverz◆gmail.com

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