『企画』01 『@ClubNights』07

第三話 『その歌は、夜を纏いて』


 【12月2日、午後。15時34分】

「黙ってないで、なんとか言ったらどうなの!?」
 伊織は歌い終えた直後にブースを飛び出し、律子の目の前までやってきた。
 しかし律子は座ったまま、目を合わせる事も無くただ腕を組み、床の一点を見つめていた。
「ちょっと、聞いてるワケ!?」
「ええ、聞いてた。とても……良かった」
「なによそれ! バカにしてんじゃ――」
「バカになんてしてないわ。むしろ逆よ」
 律子の目が、伊織の目と合った。
 その瞬間、伊織の不安が全て、律子に伝わった。
 伊織は、不安がっていた。
 伊織は、律子が歌う『いっぱいいっぱい』がどれだけライブで盛り上がる曲かを知っていた。
 伊織は、その律子の「持ち歌」を、本人の前で歌うという事が、不安だった――。
 表面的にはいつもの伊織だったが視線の揺れまでは抑えられず、律子はその内心を察した。
 律子は椅子から立ち上がると、無理矢理握手をするような形で一度伊織の手を取る。
 そして肩を寄せ、
「ありがとう」
 ―― そう、伊織の耳元で告げた。
「『今の曲』は間違いなく、伊織の歌だったわ。おかげで、企画者の意図が掴めた気がする」
「え――っ!?」
 伊織が慌てて振り返ると、背を向けたまま、伊織に向かって手を振る律子の姿が見えた。
 たった今、伊織が出てきた扉に入る。
 隣のスタジオで律子を待つのは、5人の、ベテラン演奏者達だった。


    ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 【12月2日、昼。12時16分】

「こんな所にスタジオなんてありましたっけ?」
「ああ。あるらしい」
「らしい、ってプロデューサー! どういう事ですか?」

 プロデューサーの運転で訪れたその場所は、若者の街として有名な街の片隅だった。
「12月2日、ぜひ私のスタジオに来て欲しいのですが――」
 という“企画プロデューサー”からの連絡を小鳥さんが受けたのが昨日の夜。
 慌ててスケジュール調整を行い、なんとか訪れる事ができたのが、律子と伊織の2人だった。
 他のメンバーは少し遅れて、あるいは明日、訪問する予定になっていた。


 【12月2日、昼。12時22分】

 スタジオの入り口は、狭い下りの階段だった。
 よほど古い時代の建物なのか、傾斜がきつく、ヒールの高い靴を履いていた伊織は、
「何勝手に進んでんのよ!」
 と文句を言いながら、プロデューサーの腕にしがみつく様にして降りていた。
 木製の、重厚な作りの扉を開ける。
 そこはかつてはレストランかバーであったと思われる構造だった。
 入り口にはカウンターとスツールが5つ。漆喰の白と古い煉瓦の茶色で彩られた壁面。
 しかし、店の奥に目を向けると、途端にガラスと金属で囲まれた空間になっていた。
「ようこそお越しくださいました」
 と、店内に声が響く。マイクを通した声が、スピーカーから聞こえてくる。
「時間が惜しいので、どうぞ奥へ。まずは当日歌って頂く曲の、生演奏をお聞き頂きます」
 奥を見ると、5人の男が、その視線をこちらに向けていた。

 全員がそれぞれに楽器を手にしているが、その周辺にも口元にもマイクは見当たらない。
 ――声の主は、あの5人の中ではなく、別にいる訳か……
 プロデューサーは、今回の“企画プロデューサー”はプレイヤーとしても参加するものだと考えていた。
 今回のイベント用にアレンジされた曲はすでに受け取っていて、それを直接手がけた人物だ、とも聞いている。
 音作りに対しては経験豊かで、また、丁寧だ――と、プロデューサーは感じていた。
 おそらく奏者としても一定の腕前をもっているのだろう、と想像していたのだが、どうも完全に裏方に回るらしい。
 今回の企画は、面白い。
 ファン獲得を最優先に考えてしまいがちな自分のスタンスでは、絶対に生まれないイベントだ。
 ――このイベントは、5万人が熱狂するような一夜の夢じゃなくて、
 プロデューサーは、5人の男と、2人の少女を見比べて想う。
 ―― 何十人かの胸に、一生消えない火を灯すような、そんな夜なんだろうな……


    ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 【12月2日、午後。15時39分】


 ――ストリングス、ドラム、ベース。ブラスと、パーカッション。
 律子の目は、演奏ブース内の楽器を辿っていた。
 中には見たこともなかった鍵盤楽器もあるが、基本的にはジャズの構成だ。

 アレンジを初めて聞いた時、律子にはどうしても違和感があった。
 「音が足りない」という印象だ。
 楽器の数や選択を考えても、音の重なりに厚みが無いように思えた。
 そして、なぜ「自分の曲」を伊織が歌うんだろう、という疑問があった。
 裏を返せば、なぜ自分が、「千早の曲」を歌うんだろう、という不安も。

 その理由は、伊織の歌を聞いて、全て理解できた。
 この構成は、全てが精緻なパズルだ。

 音が足りない、という印象の答は、簡単だった。事実、足りなかった。
 「水瀬伊織の声」という音だ。
 伊織の声が加わる事で、この『いっぱいいっぱい』は完成する。
 逆に、伊織の声と混ざり、重なるような音は全て排除されていたのだ。
 たった一つの、音の指定席。
 残念だけど、伊織と全く声質の違う私では、そこには合わない。
 これは間違いなく、水瀬伊織の為に作られた『いっぱいいっぱい』だった。
 寂しい気持ちが無いといえば、嘘になる。
 でも、それを差し引いても、喜びの方が大きかった。
 この曲には、こんな表情もあったのか。
 伊織には、こんな曲調も似合ったのか。

 だとすれば――

 律子は確信していた。

 ――次の曲は、私の為のアレンジだ。

 思いを馳せる。
 あの店に、何人のお客さんが来てくれるだろうか。
 音声だけが中継されるらしいネットの先で、何人のファンが聴いてくれるだろうか。

 曲のスタート。
 目をつぶると、力強く歌う千早の姿が、静かに、夜のイメージに溶けていく。
 暗い夜の中、自分の声を通す為の音の道が、そこに見えた。


 【12月2日、午後。15時58分】

 打ち合わせを挟んで2度歌い終え、ブースを出た律子を、3人が拍手で迎えた。
 プロデューサーと、水瀬伊織と、そして如月千早の3人が、そこにいた。


                                                           【続く】


※このストーリーは企画の公式ストーリーではなく、当ブログでのイメージSSです。
  また、他のブログに掲載されるSSと設定等で差異があります。ご了承下さい。

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テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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No title

うーん、律子の眼が冴えとるのう。
そういえばなんだけど、律子、伊織、千早と春香、美希、あずさなんだよね。
このイベントを理で読み解くタイプと、感性で乗りこなすタイプ。
理と感の分岐点が雪歩なのかな。

ちゅーかここで千早でてくるんか! 気になるだろ!!

御礼。

cha73さんの視点は大好きです。
理性と感性の差、というのは確かにありますね。
悩む理性キャラとそれを解きほぐす感性キャラ、というのは相性が良いようです。
なので、千早が悩んでたら春香が、律子が悩んでたら美希が出てくると、
割と解決に向かいやすい、というロジック。

でも、ここで伊織の不安を取り除くのは律子であり、
律子に「さすがね」と微笑みかけるのは千早でないといけないのです。

もうちょっと時間があれば、いっそ全キャラの「ある日の出来事」を
書きたかったんですが、気付けばもう明日ですね。

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ガルシアP

Author:ガルシアP
◎レッガー=●カブキ=カブトワリ

twitterでは “ gar_cia_P ”。

SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
ゲームもCDも中の人達も、
ニコマスもSSも、大好き。

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