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SS02 『アンザイレン』

アンザイレン


    Sect.1


 右手の指。……動かない。
 左手の指。……動かない。
 腕。……上がらない。
 脚。……曲がらない。
 ここまでは、まだ受け入れられる。自分の体だから。
 でも――。
「参ったなぁ……」
 病院特有の真っ白い天井が、湧き出した涙でぼんやり霞む。
 体に、痛みは無い。
 悔し泣き。後悔の、涙。
「どうしたの? 真ちゃん」
 首を傾けると、左のベッドであずささんが体を起こしていた。
「あぁ、いえ、動いてもいないのにお腹が減ったなぁ、って。ははっ」
 とっさの嘘。声だけなら、今のボクにも演技ができる。
 言えない。言ってしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれないから。
 流れた涙を拭くことも出来やしない。
 この顔を、あずささんに見られなかったのはせめてもの救いだ――。
 そんな風に思ってしまったボクは、やっぱりヒドいやつかもしれない。


 聞こえたのは真ちゃんの声。
 続いたのは、ため息のような深い吐息。
 何もかも、私のせい……。
 今の私に、何が出来るだろう?
 自分の無力さを感じる。それに、真ちゃんとの距離を。
 隣のベッドにいるはずの真ちゃんが、とても、遠い。
 室内を循環する空気が運んできた香り。
「真ちゃん、おリンゴなんて、食べるかしら?」
 香りを頼りに果物かごへと手を伸ばすと、真ちゃんの声が聞こえた。
「ダメですよ、あずささん! だって――」



    Sect.2


「盲目になってしまう、って事ですか?」
 三浦あずさと菊地真が病院に運び込まれた三時間後。
 プロデューサーは、処置と精密検査を終えた二人の、検査結果を報されていた。
「外傷はありませんが、少なくとも彼女の視覚は、現在失われています」
「先生、それは――」
「いくつかの原因が考えられますが。おそらく、問題は菊地さんの方です」
「真が!? だって、真があずささんを背負って下山したんですよね?」
 立ち上がらんばかりのプロデューサーを医師が制し、言葉を続けた。
「必死、だったんでしょうな……」



    Sect.3


    「あずささーんッ!!」
     真の叫び声が、真っ白な雪に吸い込まれていく。
     吹き止まない風。地面から舞い上がる雪。
     雲ひとつない晴れ空なのに、まるで吹雪のようだった。
     膝上まで呑み込まれる雪深い山道を、真は歩き続ける。
     気温は零度近いが、それでも真は、全身に汗をかいている。
     ――あずささん、どこまで……
     頬を切るような、一陣の風。
     その瞬間、霞のように視界を覆っていた雪が裂ける。
     ――いた! あれだ!!
     目を覆っていたゴーグルを上げ、肉眼で確認する。
     乱反射する光が瞳を刺す。
     ――ダメだ。目をやられる。
     位置は確認できた。間違いない。
     半ば雪に埋もれるようにして、あずさが倒れていた。
     もしもう少し遅れていれば、発見できなかったかもしれない。
     ――ボクが、あずささんを助けないと!
     近寄り、声を掛ける。
     うつぶせのあずさの体の下に手を入れ、仰向けにする。
    「あずささん! しっかり!」
     あずさのゴーグルとニット帽は、無くなっていた。
    「ごめんね、あずささん。今、緊急事態だから」
     アウターのジッパーを胸の下まで下ろし、真は手袋を取った右手を差し入れる。
     あずさの体は冷え切っていた。あまり良い状態とは思えない。
     ――テントか横穴があれば…… ダメか、どの道、着替えも無いや。
     ――運ぼう。ボクは、体力だけが自慢の菊地真じゃないか。
     ――行こう。あずささんの体温をこれ以上落とさない内に。
     ――進もう。まっすぐ。考えなくていい。尾根に上がれば大丈夫だ。


    そこから先は、あまり憶えていない――と菊地真は語った。
    二人が発見されたのは西側登山ルートの3合目地点。
    冷え切っていた三浦あずさの体を温めるために、
    菊地真は自分のダウンジャケットを掛け、その体を背負ったまま、
    約1,200mの雪中行を成し遂げていた。    

   「あずささんを…、助けてください」
    救援隊に支えられた真の言葉が、小さく、雪の中に舞った。



    Sect.4


「凍傷?」
 プロデューサーは聞き返す。
「ええ。第二度までは進行していないと思いますが、少し様子を見ないと」
 医師はカルテの別紙を机に載せる。
「凍傷は火傷と同じで、深度が判別しにくいのです」
 そこに書かれた人型は、四肢を大きく塗り潰されていた。



    Sect.5


「あずささん、やっぱりすごいや」
 真は、あずさの手の中でくるくると回るりんごを見て関心していた。
 目が見えないはずのあずさは、りんごとナイフの場所こそ真に誘導してもらったが、
 それぞれを手に持ってからは、器用に皮を剥いてゆく。
「『お嫁さんにしたいアイドル』の肩書きは伊達じゃないですね」
 努めて明るい声でそんな言葉を口にしながら、けれど真の心境は苦いものだった。
「でも、結局一位じゃなかったのよ。あのランキングでは」
「充分ですよ。ボクなんて、かすりもしないんですから!」
 何が違うんだろう、と本気で考えた事があった。
 数え上げればきりが無いくらい、あずさと真は違っていた。何もかも、対照的だった。
 ――結局、ボクまであずささんの事を……
 勝てない、という想いがいつしか別の感情に変化していた。
 それは自分だけの秘密。公私は分けていた。そのはずだった。
 なのに、たった一度だけ。唯一の、失敗。後悔。
 あれが、悲劇の引き金。


    あずさは躊躇していた。
   「私に、出来るかしら……」
    雪山登山の経験は無い。そもそも運動神経にも自信が無い。
    真に付いて行けるとしたら、体力的に考えて、美希か、千早くらいではないか?
    そう口にしてみると、真が頭を押さえ、大きく首を振った。
   「『疲れるのはイヤ』とか『あまり有意義な時間とは思えないのだけれど』とか、
    そんな事言われるに決まってます。大丈夫! 二人で頑張りましょうよ!」
    結局、弱気なあずさを真がおだて、煽り、今回の企画がスタートしたのだった。



    Sect.6


「精神的な問題?」
 プロデューサーは聞き返す。
「正確に言うと、心因性視覚障害ですな。極度のストレスが原因です」
「ストレス――?」
「ええ。彼女達は、お互いに、全てが自分のせいだと思っています」
「確かに、二人とも責任感の強い方ですが……」
 プロデューサーという立場から見た二人は、実に良いデュオだった。
 スタッフへの気配りや挨拶も、共演者への気遣いも、しっかりと出来る。
 そして、お互いがお互いを、認め合い、尊敬し合っている。
 二人の関係はとても良いものだ、と思っている。



    Sect.7


 ゆっくりと、ベッドのマットレスの端が沈む。
 真のベッドの端に腰掛けたあずさが、
「はい、あーん」
 と言って、りんごを真の口に運んだ。
 照れ臭そうにしながら、それでも真は気がかりな事があり、悩みながら、聞いた。
「あずささん、ボク、汗臭くないですか?」
 あずさと会う前も、随分と汗をかいた。あずさを背負って歩く間も。
 結果としてそれが凍傷の進行を進めたらしい。
 今は今で、ギプスの中で汗と薬品が混ざり、泡みたいになっている気がする。
「んー、どうかしら」
 あずさはりんごの皿を自分のベッドのサイドボードへ戻し、真の体に顔を近づける。
「あ、いや、ちょっと! あずささん、そうじゃなくて!」
「でも、こうしないと分からないわ」
「本当に『臭いわ!』とか言われたら立ち直れないですから。離れてください!」
 きっと、顔が真っ赤になっているだろうな、と真は考える。
 自分の上に覆いかぶさるように手をついたあずさの、胸から目が離せない。
 ――これは、何かの罠!? あんまりだ!
 雪の中で発見した直後の、“あの”手触りが思い出される。途端に、心臓が高鳴る。
「そうねぇ。汗臭くはないけれど、真ちゃんが気にするなら、一度サッパリする?」
「え?」
「看護士の方に、いろいろな物の位置は聞いておいたから大丈夫よ」
 そう言うと、サイドボードの引き出しの二段目から無香料のウェットシートを取り出す。
「体、拭いてあげるわ」
「ダ、ダメですよ!」
 本当なら、胸の前で腕を交差して身を守りたい所だが、今はそれも叶わない。
 あずさは脇腹から次第に指を滑らせ、真の上着の前ボタンをはずす。
「あずささん! やめてください。恥ずかしいですよ!」
 空調のおかげで、肌を出しても寒さは感じなかった。
「女同士だもの、照れる事ないわよ?」
「だって、ボクはあずささんみたいに……」
 真は、最後まで言うことが出来なかった。
 普段はほとんど気にしていないのだが、今は色々な物が重なり過ぎている。
 あずさは一瞬動きを止め、それでも全てを包むような笑顔で伝えた。
「私に拭かせて。私には、何も見えないんだもの。恥ずかしがる必要は無い、でしょう?」



    Sect.8


「罪悪感が原因、という事ですか?」
「厳密に言えば少し、違うかもしれませんが……」
 医師は、精密検査後のカウンセリングシートを見ながら語る。
「『贖罪』という概念は、確かに分かりやすいかもしれません」
 医師は手元のメモを見ながら、何ヶ所かに丸を付ける。
「三浦さんの側にすれば、アクシデントでは片付けられないのでしょうなぁ」



    Sect.9


「ありがとう。真ちゃん」
 ――えっ!?
 あずささんの声に、耳を疑った。
 けれど、包帯で厚く目を覆われたその表情は、確かに笑顔だった。
「私を探してくれた。そして、見つけてくれた」
 その声は、小さく、けれど強い意志を含んでいた。
「私を背負って、歩き続けてくれたのよね。真ちゃんは、私の命の恩人だわ」
「い、いやぁ、そんなの。当然の事ですよ。ほら、全然――」
 ――違う。ボクが言わなきゃいけないのは、そんな事じゃなくて。
「私、方向音痴なのに、雪山なんかに付いて行っちゃって」
 あずささんの右手が、首筋、肩、鎖骨となぞる。
「私のせいで、真ちゃん、大変な目に遭っちゃったものね」
 その手が、空気にさらされたままの肌の起伏を辿る。
 拭き残しの無いように、丁寧に、何度も、何度も。
「違うんです。ボクが、どうしてもあずささんと一緒に、いたくて。だから」
「嬉しかったわ。ありがとう。こんな私を誘ってくれて」
 あずささんの左手が、ボクの首の裏に回される。
 そして右手は髪の中に差し込まれ、ちょうどあごを持ち上げられるような形になった。
「ごめんなさい――」
 あずささんの、涙声。哀しそうな、笑顔。
 降りてくる唇を、ボクは、ただ、目で追う事しかできなかった。


「私、ずうっとそばにいるわ。真ちゃん」
「あずささん……」
「アンザイレン、って言うのですって。私達、2人で、互いに命を支え合うの」
「……なんだか、ロマンチックですね。へへっ」


    そんなつもりであずささんを誘ったんじゃない。
    そんなつもりであずささんを助けたんじゃない。
    それでも、ボクは、今――。

    ボクは、何を失って、何を得たのだろう……。

















    Sect.10


 結局、ボクは何も失わなかった。
 腕も、脚も、指先も、全部元通り動くようになり、今はトレーニングの日々。

「良かったな。真。跡も残らないみたいだし」
「そうですね。なんか、お騒がせして、すいませんでした」
 そう頭を下げながら、プロデューサーに笑顔を返す。
 言い出せなかったけど、実は一ヶ所、小さな赤紫色の痣が残っている。
 視力が回復したあずささんは、その痣を、カワイイと言ってくれた。
 いつも、その上にキスマークを付けてくれる。
『これは私達の、つながりの証』
 そう言われたらボクだって返さない訳にはいかないから、同じ場所にキス。
 

 これからも、僕らはお互いに、お互いを支え合う。
 そして、唯一のパートナーとして、共に登っていくんだ。
 トップアイドルという、見果てぬ山の頂点を目指して――。




 【End】

                                                【百合m@s108式参加作品】
『あとがき』はこちらにて。 →   『SS』02 『アンザイレン』あとがき

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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プロフィール

ガルシアP

Author:ガルシアP
◎レッガー=●カブキ=カブトワリ

twitterでは “ gar_cia_P ”。

SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
ゲームもCDも中の人達も、
ニコマスもSSも、大好き。

Web-:http://garciap.web.fc2.com/
mail:underkoverloverz◆gmail.com

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