『二律背反のサクリファイス』 Bルート

『二律背反のサクリファイス』より


【B】 「差出人:如月千早」と表示されたメールの受信通知だった。



「千早、ずいぶん難しい連鎖を組むんだね」
 真は、ソファの背もたれに体を預けたまま、ため息混じりに呟いた。
 3週間前に購入されたばかりのソファは、表面がまだ硬い。
 携帯を操る彼女の指の動きは意外に速く、その画面を見つめる目も真剣だった。
「緑…じゃ無いよね」
 真の声。
「え!? 赤で!?」
 その直後、ファイヤー、アイスストーム、とかわいらしい電子音声が響く。
「すごい集中力ねぇ、千早は。さっきから黙々と……」
 律子は、昔の千早を思い出していた。
 歌に対してだけは、という時代もあったが、今は色々な事に興味を示している。
 ドラマの仕事も、それほど嫌な顔をせずに取り組んでくれる。
 演技に関しては超一流ではないけれど、だからこそ年相応の魅力が表に出る。
 「冷たい」とか、「お高くとまっている」という風評は、もう無い。
 セリフを盛大に噛んで顔を真っ赤にしたシーンがTVのNG大賞で流れた先月は、
それまでとは全く違う層からのファンレターが届いたものだ。

 事務所の中には今も、亜美と真美の歌声が響いている。
 事務仕事を終えた律子が指導に付いた為、いくらか真面目になっている。
「歌のレッスンは千早にお願いして、私は小鳥さんを手伝おうかな」
 そう言って律子は真に視線を送るが、真は一瞬目線を上げただけだった。
 真の視線は、すぐに千早の携帯電話に落ちる。
「危ないところでしたなァ、真美さん」
「本当ですなァ、亜美さん。さすがにちーちゃんの指導は厳し過ぎますからなァ」
 額の汗をぬぐうようなジェスチャーで笑い合う亜美と真美だったが、
「ほうほう。私の指導はまだぬるい、とおっしゃる訳ですな? お二人さんや」
 と、会話に混ざる律子の顔を見て、その笑顔はキレイに消えた。
「じゃあ千早、真。私達は下のレッスンルームに行ってくるから」
 いややー、後生でござるー、と泣きながら引きずられて行く二人。
 そして去り際の律子が、まるで思い出したかのように言った。
「そういえばやよい、一人で出たっきり帰ってないのよ」
「え? 出た? だって、ここにある携帯、やよいのじゃない?」
 真はソファの上に転がっている携帯を拾い上げる。小さなカエルのストラップが揺れた。
「『オレンジジュース買ってきます』っていうからてっきり下の自販機だと思ったんだけど……」
 未だにアナログな、ホワイトボードに手書きのスケジュール表。
 そこにずらりと並ぶ、765プロ所属のアイドルの名前。
「水瀬伊織、18時に事務所戻り、か……」
 真の声に、亜美と真美が不安げな顔をしていた。
「いおりんの好きなオレンジジュースって、この辺で売ってたっけ?」
 この事務所に移転してきたのがつい3週間前なので、2人はまだ周辺を探索しきれていない。
「輸入食品の『大正屋』ね。やよいの足だと片道20分くらい、かな」
 全員が、同じ時計を見ていた。
 やよいが事務所を出てから30分。
 何事も無ければ、買い物を終え、帰り道に差し掛かる所だろうか。
「ボクと千早で、迎えに行こうか?」
 真の提案を、律子は真剣に考える。そして。
「まぁ、大丈夫でしょう。きっと」
 誰かに言い聞かせるかのように、そう言った。
 律子のPCのディスプレイには、あるアップローダーが映し出されていた。
 『@ちゃんねる』のアイドル板・765プロ スレッドからリンクが張られる事の多いそのアップローダーには、
最近「神」扱いされているコテハンのアップした画像が大量にUPされていた。
 全て、やよいの写真――。
 それも、ステージではない、プライベートシーンの盗撮だった。

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 店を出ると少し雲行きが怪しくなってはいたが、それでも、やよいはとても気分が良かった。
 伊織の好きなオレンジジュースも見つかったし、自分の大好きなパイナップルジュースもあった。
 それほど多くは買えなかったが、割れたり欠けたりした「訳あり」のビスケットも買えた。
 紅茶は、小鳥さんがお友達の結婚式でもらってきたやつが、まだあったはず。
 楽しいおやつの時間になりそうだなぁ、と、やよいはみんなの笑顔を思い浮かべていた。
 と。
 そこで視線の先にいる1人の男に気がついた。
 背の高い男の人だった。
 ――真正面……。避けなきゃ。
 やよいはビル側に身を寄せ、ぶつからずに済むよう進路をやや左側にずらす。
 ――黒いなぁ。
 その男は、黒のジーンズに黒のシャツとコート姿だった。手には、大きなカメラ。
 やよいはなんとなく男から視線を外して下を向きながら、足早にすれ違おうとした。
 その瞬間、ドンッと強い衝撃を受けた。
 右肩から押されるようにしてバランスを崩す。
 ――ぶつかるッ!
 そう思って頭をかばおうとしたが、そこはちょうどビルの谷間の路地だった。
 トトトッ、と足を前に出して、何とか倒れずに済んだ。買い物袋も、落としていない。
 ビルの壁には当たらずに済んだ。その事自体は運がいい。
 けれど。
「あのー、写真を撮らせて欲しいんですけど」
 男が、路地の入り口に立っている。完全に出口を塞がれた格好だった。
「写真、ですか?」
「ハイ。ボクの撮った写真を、今か今かと待ってるファンがいるんですよー」
 そう言って、男はニヤリと笑った。
「あ、あの……私の帰りが遅いと、みんなが心配するので……」
 やよいの不安そうな表情が、男の何かを刺激したらしい。
 男は「それイイ!」と言ってカメラを構えるやいなや、即座にシャッターを切る。
 光るフラッシュが、泣きそうなやよいの表情を、真正面から捉えた。
「ボクのファンから、色々リク受けてるんですよねー」
「で、でも、そういうのはちょっと……」
「残念ですがチェックメイトです。誰がどこにいるかは、全部チェック済みですからね」
 男は、右耳に掛かったイヤホンを外してみせる。
「あと20分くらいは大丈夫なので、心配しないでください」
 自分の言葉にうんうんと大きく頷きながら、
「じゃぁ、やよいちゃん撮影会、第1回目のスタートでーす」
 と、少しずつ距離を縮め、カメラを構える。
 やよいは慌ててポケットを探るが、携帯電話が見つからない。
「ああ、それなら事務所に忘れてきちゃっていますよ」
「ええぇぇっ!?」
「ボクは何でも知ってるんです」
 男はカメラを構えたまま、得意げに語り始める。
「リッチャンは亜美ちゃん達を連れてレッスン。小鳥さんはお仕事が終わらず四苦八苦」
 カシャッ。カシャッ。シャッター音に似せた合成音が、2度鳴った。
「ちーちゃんは携帯でぷよぷよ中。まこりんはそれを見て勉強中。すなわち――」
 やよいは少しずつ後ずさりをしていたが、それも、積み上げられたコンテナに遮られてしまう。
「誰も迎えに来てくれません」
 男の口元に浮かぶ満面の笑み。
 そして、その目を隠す一眼レフのレンズが、鈍く光を照り返す。
「と、いう訳で、まずはそのジャンパーの下が見たいんですけどぉー」
 やよいは買い物袋を胸の前で抱く形で、必死に身を守ろうとする。
 それがまた、男を興奮させてしまっていた。
 カシャッ。カシャッ。カシャッ。
 路地裏に響くシャッターの音。そして、それを中断させる女性の声――
「ケータイ取り出しポパピプペ。『逮捕してくれま・す・か?』」
 男が振り向くと、そこには携帯を手にした、如月千早の姿があった。

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 千早の携帯と律子の携帯にメールが届く。
 差出人は、菊池真。今は千早の手の中にある、真の携帯からだった。
「これで、解決――かな?」
 ほぼ同時に、亜美と真美を連れた律子が戻ってきた。
「プロデューサーと社長も現場到着みたいだから、あとは任せましょう」
 律子はため息をつきながら、まだ新しい事務所の中を見渡した。
 送られてくるプレゼントの内容。やよいのスケジュールと行動経路の把握の仕方――。
 事務所の中に盗聴器が仕掛けられている、というのは状況的に見て、間違いない。
 だが、送信方式がデジタル式らしく、律子の技術と知識では発見できなかった。
 事務所移転後はマスコミの注目度も上がり、周りには常にどこかの雑誌社が張り付いている。
 そんな中、警察関係者を呼ぶ訳にも行かず、専門業者を招き入れるのもリスクがある。
「まぁ、犯人自身に聞くのが一番だよね」
「電子戦で負けっぱなしって訳には行かないから、全力をもって包囲してみたわ」

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「千早、さん、事務所にいたはずなのに、な、なんで――」
 男はカメラを下ろし、呆然と千早の姿を見ていた。
「その様子だと、真達の演技は合格点だったみたいね」
「え?」
「わたしは、やよいと一緒に事務所を出てから、一度も戻っていません」
 千早は全く動じる事無く男の隣をすり抜けると、壁際のやよいに歩み寄る。
 頑張ったわね、という千早の声に、やよいは、はいっ! と笑顔で応えた。
 千早がそっと手を差し出すと、やよいは首から下げたポーチを開き、中から小さな黒いボタンを取り出した。
 事務所を出る前に律子から渡された、小さな発信機だった。

「さて」
 と、低い声がした。
 男が振り向くと、路地の入り口に二人の男が立っていた。
 スーツ姿の若い男と、逆光でシルエットしか分からないが、おそらく年配の男。
「ちょっと、事務所まで来て頂けますか?」

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 途中までは、よくある話だった。
 偶然撮ったアイドルのプライベートショットをネット上に載せた。
 その瞬間、今までの人生で味わった事が無い喝采を浴びた。
 そして、それはやがて、全く別の声に変わった。
 もう無いのか? もっと、もっと。もっと――

 たった1回の偶然で、それは終わるはずだった。
 しかし、時を同じくして、男の勤める会社に、ある仕事が入る。
 アイドルプロダクション、765プロの本社ビル移転に伴う内装工事。
 その時には、男の虚栄心が、モラルを塗り潰してしまっていた。

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「社長もプロデューサーも、甘すぎです!」
 そんな律子の声を聞く限り、盗撮犯はほどほどの処分で解放されたらしい。
 ソファに深く腰掛けた千早は、それには大して興味無さそうに、携帯の画面を見ていた。

「 携帯でゲームを始める如月千早。
 真:『千早は何やってるの?』
 後ろから覗き込む菊地真。
 ゲームはぷよぷよをイメージ。
 パッと見で、よく分からない連鎖の組み方。
 真:『難しい連鎖組むんだね』
 パズルゲームをやっている、と伝われば良し。
 (へぇ、とかおぉ、とかあるとなお良し)
 約5秒、空白。
 ほぼ連鎖完成するも、起爆色が不明、という感じで。
 真:『緑じゃ無いよね』
 約3秒後。
 真:『え、赤で!?』
 ※ここで、添付ファイル再生。 」

 そのメールを後ろから覗き見て、真が笑った。 
「盗聴器も全部外されたそうだし、これで一件落着、かな?」
 真の優しい声。
「そうね。これで高槻さんも安心して帰れると思うわ」
 千早の優しい顔。
 今回の件でやよいの事を一番心配していたのは、実は千早だったかもしれない。
「でも、一歩間違えば千早が危ない目に遭ったかもしれないんだよ」
 真は、この作戦が律子から提案された時、千早のポジションに立候補していた。
 だが、それを遮ったのが、千早だった。
「私の演技では不自然かもしれないもの。怪しまれる訳には、行かなかったし……」
 千早は、伊織と二人で美味しそうにジュースを飲んでいるやよいを見ていた。
「もし、セリフ噛んでしまったら、笑い事じゃ済まないわ。だから――」
「よし、じゃあそういう事にしておくよ」
 分かった分かった、と笑う真に、千早は頬を膨らませて講義する。
 そんな千早の姿を見て、律子は、
「いい顔するようになったわ」
 と、微笑んでいた。


 事務所。2月。午後7時。
 もうすぐ、地方ロケに出ていた春香とあずさが帰ってくる。
 美希と雪歩の出演した歌番組の収録も、もう終わっているはずだ。
 懸案事項も、全てクリア。
 やっと全員がそろう夜。

「終わったわーっ!」
 両拳を天に向けて突き上げる小鳥。
「はい、頑張りましたね」
 と、その頭をなでる律子。
「ほーんばん当日ッ♪ あたふったしまくり♪」
「じゅーんび万端♪ だったッはっずぅなぁのーにッ♪」
 と、ノリノリの亜美と真美。


 事務所移転のお祝いパーティが、そろそろ始まる頃だった。

                                                             【END】
 

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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Author:ガルシアP
◎レッガー=●カブキ=カブトワリ

twitterでは “ gar_cia_P ”。

SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
ゲームもCDも中の人達も、
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