『二律背反のサクリファイス』 Cルート

『二律背反のサクリファイス』Aルートより



【C】 <あずささんは除外できるわね>

      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 事務所にいるみんなは、気が付いていない。
 それは、千早の普段のキャラクターであったり、演技だったり、ボクのフォローのせいだけど。
 千早も、上手く平静を装って、どうにかなりそうな精神を必死で押さえ付けているのだけれど。


 如月千早は、声を失った。


 話すことも、歌うこともできない。
 突然だった――らしい。

 最初はボクも、分からなかった。
 ちょっと機嫌が悪いのかな、とか、そんな風に思っていた。
 だから、いつもみたいに言っちゃったんだ。

 ―― 千早、言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!

 そんな風に、直接聞いちゃうのがボクの悪いクセだ。
 でも、だから千早は、諦めてくれたんだと思う。
 ボクの目の前でひどく呆れた様に苦笑して、携帯を取り出し、ボクに伝えた。

<声が、出ないのよ>

 原因も、一緒に教えてくれた。
 ヤケッぱち、という訳ではないだろうけれど、千早は暗い眼をしていた。
 その暗い感情が向けられた先は、いったいどこなんだろう。
 その程度で声を失う、千早自身の弱さに?
 千早の気持ちを知っていながらこんなスキを見せた、プロデューサーのいい加減さに?
 それとも、背中しか見えない、この写真の中の女の子に対して?


 千早の携帯の中、夜の駐車場が写っていた。
 広い駐車場を、遠くから写した真っ暗な写真。
 その、ほぼ中央に寄り添う2つの人影があった。
 プロデューサーと、その左腕にしがみつく女の子の後ろ姿だった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「紫は要らないの?」
 真の声。

<あずささんと仮定するには、身長差がありすぎるわ>

 千早の指が、リズム良く携帯のキーを押す。

<春香か律子なら、きっとこの写真くらいの差よ>

「ああ、確かにこの形なら分かるよ」
 真は無意識のうちに律子の方を見た。そして、しっかりと目が合った。
「何? 真。どうしたの?」
 律子が、ディスプレイ越しに話しかけてくる。
「あ、いやぁ――」
 真が口篭った瞬間、千早の指は一度メール作成画面を閉じ、着信音を鳴らした。
 ファイヤー、アイスストーム、とかわいらしい電子音声が響く。
「律子も上手そうだよね。ぷよぷよとか、テトリスとか」
「それなりよ。それなり」
 まんざらでもない表情で、律子が言った。

「緑か赤か、ボクには分からないなぁ」
 千早はまた、あの写真を見ている。
 事務所へ戻る途中、偶然見つけたプロデューサーの姿。そして、その隣の――。
 どうすればいいのか分からず、ふらふらと後を追った。
 そして、最後に1枚だけ、写真を撮ったらしい。
「何かヒントがあればなぁ」
 女の子の正体は、全く、分からない。
 髪は全てまとめてキャスケット帽の中。
 黒っぽいコートは、夜の闇にまぎれて、何の手がかりも与えてくれない。

 その晩から、千早は声を失った。
 そして、それ以来、千早は黒い服を着る。
 まるで喪服だ。何を弔うのか、分からないけど。

 それでは目立ちすぎるから、ボクも合わせて、黒い服を着る。
 何かを弔うつもりは、さらさら無いけれど……


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「あら春香。早いじゃない。どうしたの?」
 律子の声。とっさに振り向いた真は絶句した。
「あ――」
 千早の視線は大きく口を開けたままの真を、そして今、事務所に来た春香を追った。
 春香は、黒いコートを着ていた。

 春香は、最近買ったと自慢しながら、その黒いコートを脱ぎ、そして笑った。
「少し早く来たら、何かイイ事あるかな、と思ったんですけど」
 春香はそのコートをハンガーに掛ける。
「あ、おはよう! 真。千早ちゃん」
 一点の曇りも無い、アイドルの笑顔だ。
「おはよう、春香! そのコート、カッコいいね。どこで買ったの?」
 真は春香に歩み寄りながら、右手を差し出した。
「いいでしょ? この前撮影で六本木に行った時に見つけたの!」
「へー。色は黒いのに、全然重く見えないデザインだね」
 真はそれを肩に羽織って、くるりと一回りして見せた。
 千早の目が、真とディスプレイの写真を往復する。
 1cmしか身長の違わない2人だ。背中から見た印象はほとんど同じだった。
「やっぱり、一緒に手袋とかマフラーとかコーディネートして買うの?」
「うーん、合わせたのは手袋やマフラーじゃなくて、帽子なのですっ」
 ジャジャーン! と言ってバッグから帽子を取り出す春香。
 昭和のマンガか! と春香の効果音にツッコむ律子をスルーして、
「どう? どう? 似合うかな?」
 と、真がその帽子を被って見せる。
 それは、チョコレートブラウンの、少し大きなキャスケット帽だった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 春香が、プロデューサーと?

 時間は、夜の9時頃だった。
 春香の終電(正確に言えば最寄り駅からの終バス)に乗るには、ギリギリの時間なはずだ。 
 乗れない。いえ、むしろ、乗らないという選択の結果――?

 右手が、自然に喉を押さえる。苦しい。気道が急に狭くなったような、そんな錯覚。

「あれ? 千早ちゃん、どうしたの?」
 春香の声。いつもと変わらない春香の声。
 視線を上げると、目の前に春香が立っていた。
「千早ちゃん、事情はよく知らないけど、あんまり深刻な顔をしちゃダメだよ」
 春香がまっすぐ私の目を見ながら、喉を押さえていた私の右手を引き剥がす。
 そして、その右手を、自分の両手で包み込んだ。
「男の人が隣にいて欲しいと思うのは、笑顔の女の子だよ」
 そう言って、春香は最高の笑顔を、私に向けた――。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「気が付いた?」
 真は、目を醒ました千早に声を掛ける。
 765プロの事務所奥にある仮眠室。2部屋ある内の一室だった。
 千早は慌ててポケットを探り、次に枕元を探す。
「これね」
 真が、サイドボードの上から千早の携帯を取り、手渡した。
 千早は体を起こしながら、会話の為の準備をする。

<春香は?>

「みんなと談笑中。突然倒れた千早の事心配してたけど、大丈夫だからって伝えといた」

<呼んで。2人きりで話がしたいの>

「無理だよ。そもそも話せないじゃないか。やめときなよ」

<いいから。これでやり取りするわ>

「やめときなよ。絶対良い結果になんてならないよ」

<おねがいします。菊地さん>

 はぁ――と、真が深いため息をついた。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 ドアを開けるなり、春香は千早の隣に座った。
「聞いたよ、千早ちゃん。声、出ないんだって?」
 千早は一度頷くと、携帯に文字を入力し始め――ようとした。
 しかし、次の瞬間には、春香がそれを取り上げていた。
「大丈夫だよ。千早ちゃん」
 春香はそっと携帯を閉じ、千早の右手に握らせる。春香の手が、熱い。
「千早ちゃんの目を見れば、言いたい事、分かるよ」
 そっと体を寄せ、息がかかるくらい近くで、春香が囁いた。
「どうして? どうして春香が、プロデューサーさんを――でしょう?」
 千早の口調を真似て、春香が問う。その顔は、ずっと笑顔のままだった。
「春香、頼むから、千早を傷付けないで――だって」
 真の声。真剣な。泣きそうな。そして、怒りを抑え込んだ、精一杯の声。
「いいじゃない」
 春香は、仮眠室の入り口を見ながら呟いた。
「千早ちゃんは、なんでも持ってるんだもの」

 千早の表情が、凍りついた――。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 春香は何を言っているの?
 私が、何を持っているというの?
 春香には、何でも教えた。何でも相談した。
 弟の事。両親の事。全部、知ってるのに。知ってるはずなのに。

 あなたには、優しい両親と暖かい家庭があるのに。
 あなたには、ファンを惹き付けるだけの笑顔と愛嬌があるのに。
 あなたには、アイドルとして生きる誇りと覚悟があるのに。

 わたしには、プロデューサーと、歌しかないのに。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「千早ちゃんには全部あるんだよ」
 春香が笑った。あの笑顔だ。毒も嫌味もない、アイドルの笑顔。

 千早ちゃんには、聞く人を黙らせるくらいの歌声があるじゃない?
 千早ちゃんには、リズム感があるから、なんだかんだでダンスも上手いじゃない?
 千早ちゃんには、心底心配してくれるパートナーがいるじゃない?
 千早ちゃんには、アイドルを卒業した先の夢だって、あるじゃない?

 わたしには、何もないんだよ。

 わたしには、ただトップアイドルになりたいって夢があっただけなのに。

 わたしには、もう、何もないんだよ。


「おととい、私、『TOP×TOP』を受けたの。……2位だった」


 『TOP×TOP』は合格枠1つの難関オーディションの中でも、特異なオーディションだ。
 参加条件は、オーディション無敗。
 必然的に、挑戦できるのは、ただ1回きりとなる。

「審査員長の歌田さん、私の歌を聞いた後で、何て言ったと思う?」
 春香は、笑っていた。必死で、笑っていた。

「同じ事務所なのにねぇ――だって」

 ねぇ、私、誰と比べられたんだと思う?


「千早ちゃん達は、『TOP×TOP』、先月合格してたよね。オンエア、見てたよ」
 春香が、ため息をついて笑顔を終えた。
「千早ちゃん、おめでとうって思いながら見てた。司会者の人との会話も、全部憶えてる」

 おめでとうございます。これで一流のアイドルの仲間入りですね。
 ありがとうございます。レッスンに費やしてきた時間が、報われました。

 ねぇ、千早ちゃん。

 わたしはもう、一流のアイドルの仲間に入れてもらえないんだよ。
 どれだけがんばっても、 『TOP×TOP』を獲れなかった二流のアイドルなんだよ。
 私のレッスンに費やした時間は、報われなかったんだよ。


「だから、いいじゃない。千早ちゃんには全部あるんだよ。だから――」


 プロデューサーさんは、私にちょうだい。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

 口を開く。
 声が、出せない。
 叫びたい。
 喉が、震えない。
 息を吐く。
 肺が、焼けつく。

「いいなぁ。千早ちゃんが、うらやましいよ」
 呼吸困難にも似た苦しさの中で、千早は春香の笑顔を見る。
「分かりやすい不幸って、使い勝手がいいんだろうなぁ」
 春香が指を折りながら数え上げてゆく。
「弟さんが亡くなって、ご両親が不仲で、離婚して、今は声が出ません、と」

「でもね」

「――『同情』と『愛情』とは、違うんだよ」

 手のひらに深い爪跡が残るくらい、右手を握り締めた。
 痛みが熱になる。肘まで届く。
 なんだろう、この痛みは。
 なんだろう、この喪失感は。

 私は今、何を失ったんだろう。


 左手に携帯を握り締め、私は仮眠室から出ようとする。
 春香は、そんな私に、何の声も掛けなかった。


      ◇        ◇        ◇        ◇        ◇

「傷付けないで、って頼んだじゃないか」
 真が、ベッドの端に座った。
 春香は、赤ん坊のように丸まって、ベッドに横になっていた。
「傷付けてないよ。ちょっと怒らせただけだもん」
 春香は、もう笑えなかった。


 私は今、何を失ったんだろう。


「千早ちゃん、今、どうしてる?」
「ボイスレッスン」
 春香は体を起こそうとした。でも、起き上がれなかった。動けなかった。
「声が出ないのに?」
「無理矢理出そうとしてる」
「喉、壊れちゃうよ?」
「壊したいんじゃないかな。いっそ」
 春香の目が、ゆっくりと閉じていく。
「千早ちゃんを止めて」
「うん。止めるよ」
「早く」
「もう少し、ここにいる」

 どうして、と春香が呟く。
 だって、と真が答える。

「ボクは、壊れる春香も、見たくないから」


 春香が、小さな声で泣いた。
 『TOP×TOP』で2位になった時も、
 プロデューサーさんにキスしかしてもらえなかった時も。

 泣きたくても、泣けなかった。

 笑顔で、全ての感情を塗り潰した。
 それなのに。


 涙が、今、流れ始めた。

                                                             【END】
 

テーマ : アイドルマスター
ジャンル : ゲーム

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No title

拝見させていただきました。
AルートBルートとはガラっとキャラの雰囲気が変わりましたね!
まさしくゲームブックの王道だなあとゾクゾクしてしまいました。

3本ならべると、Cルートが一番シリアス調といいますか
千早と春香の間に流れる展開にドキドキしますね。
タイトルの良さがとりわけ引き立つシナリオでした。

シナリオ派生SS、面白かったです!

No title

・・・みんなわかってるはずなのになぁ
・・・失ったものが何なのか・・・ 自分の感情の正体を
みんな目そむけてますよね

・・・全てを手にいれることなんてできない辛さ・・・ですね

正直心がつぶされました・・・

御礼。

> 寓話P様

A、Bから少し時間を置いての執筆、投稿でした。
なんといいましょうか、こう、思いついた後に散々躊躇って、結局書きました。
お心に、いくらかの波風が立てば幸いです。

あと、初めてタイトルに触れて頂けました。
ありがとうございます。幸せにございます。

『二律背反の自己犠牲』は、「誰が悪いって訳じゃないのに」みたいな、
こう、考えれば考えるほど苦しい感じの出来事・事件を中心に配置して、
それを「明るい/暗い」「コメディ/シリアス」の2軸4域に切り分けた構成です。

「明るい」+「コメディ」が【A】ルート。
「明るい」+「シリアス」が【B】ルート。
「暗い」+「シリアス」が【C】ルートです。

当然、「暗い」+「コメディ」の【D】ルートもあったのですが、
色々こねくり回した結果、モテモテPのせいで千早or真が切ない想いをする、
みたいな話になってしまい、落ちがつかない感じになってしまいました。

今回はいかにルート毎の振れ幅を大きくするか、という点に苦心しましたが、
面白い、と言って貰えたのは幸いです。
とても読みにくかったと思いますが、お付き合い頂き、ありがとうございます。

御礼。

> トリスケリオンP様

どうなんでしょうね。こんな話って。
「『はるちは』こそ至高」というご意見の方が結構いらっしゃるので、
そういう皆様からしたら、弾劾ものでしょうか。やや心配です。

誰が悪い、という訳じゃないんですが、
さて、誰が誰を救えるのでしょうか――。

書いていて苦しかった割に、書き終えてからは、
とても気に入っている不思議な【C】ルートです。

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プロフィール

ガルシアP

Author:ガルシアP
◎レッガー=●カブキ=カブトワリ

twitterでは “ gar_cia_P ”。

SS書いてましたが、
動画も始めて3年経過。
こちら、デビュー作です。


360版からアイマス界に参加。
ゲームもCDも中の人達も、
ニコマスもSSも、大好き。

Web-:http://garciap.web.fc2.com/
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